宇宙空間で「犯罪が発生したら…」犯人はどう裁かれる? 宇宙船“内外”でも異なる国際ルールに基づく法律の運用とは【弁護士解説】

ボストーク宇宙船が、1961年4月に人類初の有人飛行をして64年。その間、人類は技術の進歩とともに、何度も宇宙へ飛び立っている。昨年12月には米国航空宇宙局(NASA)が、3月下旬に大西卓也宇宙飛行士が搭乗予定のSpaceXクルードラゴン宇宙船運用10号機が打ち上げられることを発表した。

どんどん身近になる宇宙。将来的に居住地となる可能性もあるなか、もしも宇宙空間でトラブルや犯罪が発生したら法律、弁護、捜査はどうなるのか――。

刑事事件から離婚や消費者問題まで幅広くカバーする荒木謙人弁護士に解説してもらった。(本文:弁護士・荒木謙人)

宇宙で犯罪が起こったら

地球上では国ごとに法律があり、犯罪が起こったときにどの国が取り締まるかは、その場所や当事者の国籍で基本的に決まります。

しかし、宇宙空間は「誰の国」というような明確な領域がありません。そこで「宇宙船や宇宙ステーションをどの国が登録しているか」や、「犯人・被害者がどの国籍か」が手がかりになります。

宇宙船や宇宙ステーションにも“国籍”がある?

実は、宇宙船や宇宙ステーションといった“人工物”にも、国際ルール上「どの国に登録されているか」という“国籍”のようなものがあります。

そして国際宇宙ステーション(ISS)の場合は、協力している国々(アメリカ、ロシア、日本、カナダ、欧州各国など)の間で結んだ政府間協定(IGA)という取り決めによって、どの国がどう裁くかの基本ルールが定められています。

1. 宇宙船の中で犯罪が起こったとき
宇宙船がアメリカ合衆国に登録されていれば、船内で何か事件が起こった場合は原則としてアメリカの法律が適用される、と考えられています。これは「旗国主義」とも呼ばれ、船舶や航空機でも採用されている考え方です。

多国籍のクルーが一緒に活動している場合
国際宇宙ステーション(ISS)は、多くの国の宇宙飛行士が一緒に活動しているので、より複雑です。ISSではモジュール(部屋のようなパーツ)ごとに所有国が違ったり、クルーの国籍がバラバラだったりします。

こうしたケースでは、ISSを運用する国々の取り決め(IGA)で「犯人の国籍の国がまず自国の刑法を適用できる」というルールになっています。被害者が別の国の人なら、被害者側の国も引き渡しを求めることなどが可能です。

そのため、犯人の国籍・被害者の国籍・発生場所がどの国のモジュールかなどをふまえ、どの国が優先的に裁くかを関係国同士で協議します。

2. 宇宙船の外(船外活動中)で犯罪が起こったとき

宇宙空間そのものは「無主地(どの国にも属さない場所)」とされています。しかし、宇宙飛行士は「送り出した国」や「登録国」の法的な管理下にあるという考え方が基本です。

たとえば日本人宇宙飛行士なら日本の刑法が適用される、アメリカ人ならアメリカの刑法が適用される、といった“属人主義”という仕組みが働きます。

3. 宇宙で犯罪が発生した場合の捜査はどうする?

(1) 初動対応
宇宙飛行士たちの中で上席の指揮官(船長やコマンダー)が、まずは状況を確認し、証拠をできる限り保全します。たとえば監視カメラやログの記録、犯行に使われた道具などをそのままにしておくなどです。

(2) 地上管制への報告
続いて、NASAやJAXAなど、それぞれの国の管制センターへ報告します。各国の法務担当や宇宙機関同士で情報を共有し、「だれが捜査主体になるのか」「どの法律で裁くのか」といったことを協議します。

(3) 本格的な捜査は地球帰還後
宇宙では、警察のような捜査機関がすぐに駆けつけるわけにはいきませんし、現場検証も難しいです。

そのため、本格的な取り調べや裁判は、犯人とされるクルーが地球へ帰還した後に行われることが一般的です。

4. 弁護活動はどうなるの?

宇宙空間に“弁護士事務所”はない
現在、宇宙空間には法廷はもちろん、弁護士事務所もありません。ですから、もし逮捕や訴追が行われる場合でも、基本的には地球に帰還してから、改めて自国または関係国の法律に基づいて弁護士を探し、弁護活動を行うことになります。

遠隔での弁護準備
将来的には、長期の月面滞在や火星探査など、地球にすぐ戻れないミッションも想定されています。その場合には、地球との通信で弁護士とやり取りをしながら、ある程度の法的手続きを進める可能性もあります。しかし、まだ前例がないため、どのような形で弁護活動が行われるかは今後の課題といえます。

5. 宇宙犯罪をめぐる国際ルール

現在の枠組み
・宇宙条約(1967年発効)
宇宙空間の平和利用など大まかな原則を定めた条約ですが、具体的な刑法等の適用ルールまでは書かれていません。

・宇宙物体登録条約(1976年発効)
宇宙船や衛星といった「宇宙物体」をどの国が登録し、どの国が管理権を持つかを定める条約です。

・国際宇宙ステーション政府間協定(IGA、2001年発効)
ISSに参加する国々(アメリカ、ロシア、日本、カナダ、欧州各国)が結んだ協定で、刑事管轄の取り扱いについても比較的詳しく決めています。

具体的な事例
2019年頃、NASAの宇宙飛行士がISS滞在中に、元パートナーの銀行口座へ不正アクセスしたのでは? という疑惑が報じられました。結果的には犯罪として立件されませんでしたが、「宇宙での刑事管轄はどうなるのか?」と注目を集めるきっかけになりました。

今後の議論
・COPUOS(国連宇宙空間平和利用委員会) などで、宇宙活動における国際ルールの整備が継続的に議論されています。

・これから民間の宇宙旅行や、月・火星に基地をつくるなどの計画が進むにつれ、「誰が、どの国の法律で裁くのか?」という問題がより一層クローズアップされるでしょう。

・Artemis Accords(アルテミス合意) など、新しい取り決めの枠組みも登場してきていますが、いまのところ刑事法をきちんと定めるほどのものではありません。

まとめ

1.宇宙船やステーションには“登録国”があるため、そこに登録されている国の法律が適用されることが基本です。ISSのような多国籍プロジェクトでは、各国が結んだ協定(IGA)に従って「犯人の国籍」や「モジュールの所有国」などをもとに、どの国が裁くかを調整します。

2.捜査はまず宇宙で証拠保全などの初動対応が行われ、最終的に地球に帰還してから本格的な捜査や裁判になることが多いと考えられます。

3.弁護活動も地球帰還後に行われるのが基本です。将来的に長期滞在が当たり前になると、遠隔での弁護の仕組みが整備される可能性もあります。

4.現在、国際的な刑事法として統一的に定められたものはなく、国連や各国宇宙機関で議論が続行中です。今後、民間宇宙飛行士や観光客など宇宙に行く人が増えれば、宇宙犯罪に関するルールづくりがますます重要になるでしょう。