ニューヨークで始まった究極のイマーシブシアター『LIFE AND TRUST』

『LIFE AND TRUST』のストーリー

ここから先は撮影NGかつネタバレになってしまうので、資料写真を元に概要を解説しよう。

物語は、1929 年 10 月 23 日。大恐慌につながる株式市場の大暴落「暗黒の木曜日」として知られる日の前日の出来事。この日、コンウェル銀行は、祝賀会を開催し、「コンウェル コーヒー ホール」に投資家たちを招いた。投資家とは、私たち観客のことであり、観客はすでに物語の設定に組み込まれているというわけだ。そして、一度に 10 人ほどの投資家グループが銀行の創設者である J.G.コンウェルのオフィスに案内され、彼の話を直接聞く。

彼はかつて、病に伏していた妹の痛みを和らげるために中毒性のある薬を求めていた。そして、悪魔に魂を売り渡たすという取引をしてその薬を手に入れた。その後、その薬を一般に販売して財産を築き、コンウェル タワーに本社を置くライフ・アンド・トラスト銀行帝国を築き上げだのだという。

話の途中、アシスタントのリリスが現れる。彼女(もしくは彼)は、実はかつてコンウェルが取引した悪魔メフィストからの使者なのだが、改めてコンウェルに取引を持ちかける。最後の取引として、彼に一晩だけ「過去をやり直す」チャンスを与えるというのだ。この提案を受け入れたコンウェルは姿を消し、投資家(観客)たちはリリスに導かれながら、その「過去」の世界に誘われていく。

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物語のテーマと体験

物語のテーマは、「信頼」と「裏切り」という2つの言葉に集約される。J.G.コンウェルの物語を通じて、観客は登場人物たちの、あるいは自分自身の「信頼」と「裏切り」を体験することになる。

『LIFE AND TRUST』の劇場空間は複数のフロアに分かれており、それぞれにそのビジュアル、音楽、匂いなどが組み合わさった異なる世界観が広がる。観客は自由に動き回り、誰を追いかけ、どの物語を深掘りするかを選ぶことができる。これにより、一人ひとりが「自分だけの物語」を体験する。

ただ、バラバラに進行して終わるのではなく、どんな動きをしたとしても観劇のうちに必ずたどり着く場面があり、散り散りに別れたキャストや観客が続々と集まってくる。そうした場面が2回ループされ、最後には一同が会したクライマックスのシーンを迎える。ラストシーンのコンテンポラリーダンスは圧巻。すべての観客はその圧倒的な表現に恍惚とした表情を浮かべ、元にいた「コンウェルコーヒーホール」に戻ってくる。

このストーリー設計は、どのように考えたのか想像できないほどに緻密で洗練されているし、だからこそ何度でも訪れて、毎回異なるストーリーを体験しながらその全貌を明らかにしたいという気持ちになる。

さらに革新的なのは、観客同士の「信頼」を試す仕掛けだ。一部のシーンでは、観客同士が対話や共同作業を求められる場面があり、他者とのコミュニケーションを通じて物語を進めるという双方向性が取り入れられている。これにより、個人の物語体験がより深みを増すだけでなく、他者との関係性においても観客自身が「信頼」や「疑念」を抱く瞬間が生まれ、まさに物語の核心について「自分ごと化」できるのである。それは、客席からじっくり鑑賞するスタイルによる演劇の作品性やテーマの伝え方とは一線を画す、深くこの上ない演劇体験だ。