「大吉さんが新たなスタートの背中を押してくれた」
季節の野花を生けることも、登美さんの大切な時間です
二人が別居生活を始めたきっかけは、一軒の武家屋敷との出合いでした。
「建物の老朽化が激しくて買い取り手がつかず、土地の一部を所有する我々が購入せざるを得なくなりました」(大吉さん)。でもそれが登美さんにとっては大きなチャンスとなりました。
当時「群言堂」のデザイナーとしてアパレルの仕事にやりがいを感じながらも「自分が本当にデザインしたいのは“衣”だけでなく、食・住・美を含めたライフスタイルだったのです」(登美さん)
そこで武家屋敷を改修して、理想とする暮らしを表現してみたいと大吉さんに相談したところ「あなたがここで住む覚悟でやらないと、理想は実現できないのでは」と助言されたのだと言います。すでに子どもたちは3人とも独立し、お互いの親も見送ったタイミング。
「『結婚はこうあるべき』という考えにしばられず、登美さんの夢を応援したかった」と大吉さん。「それまで料理をしたこともなかったけど、自分の好きなものを作るのが楽しいし、実験のようでわくわくしました。今では隣に住む中学生の孫の朝食も一緒に作って食べていますよ」
一方の登美さんも「古民家再生」というライフワークに向き合いつつ、「自由に使える時間が増えて、仕事しながらも学びの時間ができたのがうれしくて。一人で暮らして初めて家事に追われていたことに気付きました」
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「どっちかが先に逝っても、落ち込まずにがんばって生きよう」
著書も多数ある登美さん。忙しない日々の中、自分と向き合いながら書く時間も大切にします
二人とも20年を経た今も自由な一人暮らしを満喫しています。
「私は仕事や孫の世話に追われる日々なので、月2回ぐらいは仕事からも家族からも離れて逃避します。大浴場付きの駅前のビジネスホテルに泊まって、1泊で3回ぐらいお風呂に入るのが楽しみなんです」と大吉さん。
「あら、一緒に住んでいた頃はお風呂嫌いだったのに! 私は阿部家での仕事が終わって、夜自宅に戻ってから映画やドラマを見るのが楽しみです」という登美さんは、一人暮らしの家に新たな家族を迎えました。
「ボケ防止になるから、と次女にすすめられて」フレンチブルドッグで保護犬の福ちゃんを飼い始めたそう。「大吉さんよりも手がかかりますけど(笑)、福ちゃんを迎えて以降、まわりからはすごく穏やかになったといわれます」
二人が別居をするときから約束として決めているのが「どちらかが倒れたら一緒に住むこと」。いざそうなってみないとわからないけど、と大吉さん。
「でも最近、夫を亡くしてひどく落ち込んでいる知り合いがいて。その落ち込みようを見たときに、うちの夫婦はそうはならないなと。どちらが先立ったとしても、逆にその分、がんばって生き延びようとやる気が出ると思うんですね。そういう夫婦になれてよかったなと思います」(大吉さん)