東京・葛飾区の自宅で2022年8月、同居していた当時92歳の母親の首を絞めて殺害したとして殺人の罪に問われた前原英邦被告(61)に9日、東京地裁(向井香津子裁判長)で懲役4年の判決が言い渡された。
被告人と弁護人は、昨年12月3日に開かれた初公判で「(殺害は)母から頼まれてしたこと」であるとして同意殺人罪(嘱託殺人)の成立を主張。「被告人は母親が殺害を依頼したと誤信していたか」を争点に裁判員裁判で審理が進められていた。
なお検察側は殺人罪の成立を主張し、懲役8年を求刑していた。
フレンチシェフから一転、母親の介護のため無職に
事件当時、被告人と母親は二人暮らしだった。母親は重度の認知症で「要介護5」に認定されており、被告人は訪問診療や訪問介護に頼りながらも、たんの吸引、酸素吸入、尿カテーテル、血糖値測定、インスリン注射、食事の用意など、母親の介護にかかり切りの生活を送っていた。
家計の主な収入源は母親の年金。被告人はもともと16歳で料理人になり、フランスでの修行を経て帰国後は本格的なフランス料理人として活躍していた。ところが、事件が起きる12~13年ほど前(2010年前後)、母がガンになったことをきっかけにフルタイムでの勤務を断念。
2019年4月には母親が脳梗塞で入院し、同年8月に要介護5に認定されたことから、介護に専念するため仕事を辞めざるを得なかったという。
その後、借金を重ねた被告人は2019年に自宅をリースバック。これによって一時的にまとまったお金が手に入ったものの、あっという間に返済に消えて再び借金が膨らんだ。
事件当時の債務残高が369万円であったのに対し、預貯金は4014円、所持していた現金は100円に満たなかったという。毎月の収支状況は、リースバックによって発生するようになった自宅の家賃17万5000円のほか、光熱費、携帯代など、常に支出が収入を大幅に上回る状況だったそうだ。
こうした状況を鑑み、裁判所は「消費者金融の返済期限や家賃、携帯代などの支払いのめどが立たず、母親と二人で生きていくことに限界を感じ、認知症で介護の必要な母親を他人に任せられないと無理心中を図った」と判断した。
また、被告人が経済的な破たんについて周囲に相談するなど改善を試みた形跡がないことや、一連の公判でも破たんに関する真摯(しんし)な説明がないことから、家計が無計画であると指摘せざるを得ず、経済的な破たんはくむべき事情とは言えないとも述べられた。
「母親が殺してと依頼する発言をしたとは認められない」
さらに、争点となった「被告人は母親が殺害を依頼したと誤信していたか」について、裁判所は母親の事件当時の発話能力に着目。
訪問診療・介護に来ていた人物の証言によれば、母親は2022年以降「気持ちいい」「いいあんばい」など簡単な言葉は発していたものの、その他は話しかけてもうなずくのみだったという。
また、2020年に撮られた母親のCT画像を参照すると、この時点で脳がかなり萎縮しアルツハイマー型認知症であったことがわかり、事件のあった2022年には認知症は末期になっていたと思われると指摘。
被告人は事件直前に「殺してちょうだい」との発言を聞いたと主張していたものの、母親が当時、自分の置かれた状況を踏まえて意味のある会話をすることは難しく、被告人に対して真意で殺害を依頼することができないことは明らかであるとして、「母親が殺してと依頼する発言をしたとは認められない」と結論付けた。
法定刑より短い「懲役4年」だった理由
殺人罪の法定刑は「死刑、または無期もしくは5年以上の懲役」だが、今回、被告人には懲役4年の判決が言い渡されている。
裁判長はまず、今回の事件は介護疲れによるものではなく、経済的に追い詰められた結果、母親を道連れに自殺しようとする自分本位なものであったことや、被告人が一環して「母に依頼された」との不合理な発言をして真摯な反省が見られないことなどから執行猶予を付けなかったと説明。
しかし、被告人が愛情を持って母親を献身的に介護していたことや、母親に対する愛情ゆえに「母を残して一人で死ねない」と犯行に至ったというくむべき事情もあることから、酌量減軽したと述べた。