あの頃、俺たちはハングリーだった 『劇映画 孤独のグルメ』公開記念・松重豊×甲本ヒロト特別対談

東京・下北沢にある中華料理店『珉亭』。俳優の松重豊さんとロックンローラーの甲本ヒロトさんは、若き日にここで出会い、共にバイトに励み、夢を語り合ってきた。それから40年の時を経て、松重さんが監督・脚本・主演を務める『劇映画 孤独のグルメ』の主題歌「空腹と俺」を甲本さんが書きおろし、ザ・クロマニヨンズが担当。初タッグを組んだ2人が思い出の場所で語ったことは?

◆極限まで腹を減らしていた十代の頃

――まずは、お2人の出会いからお伺いできますか?

松重: 最初の出会いは19歳ぐらいかな。どっちかが洗いもんしてて、「ヒロトじゃ」「豊です」って挨拶して。

甲本: 僕は岡山から、豊は福岡から出てきて、言葉がちょっと似たところがあるんよな。

松重: 同じ年だし、ここは日給でもらえるから、バイトして、飲みに行って。

甲本: シフトも前日に「明日行ってもいいですか?」って感じだった。

松重: どうしてもお腹が空いている時は、まかないというかメシだけ喰いに行っても許された。あの頃の俺らは、腹減ったってどころじゃないぐらいメシに困ってた。

甲本: 極限まで腹減らして、もう困った!って時に「行っていいっすか?」って電話して、「来いよ」って。白衣に着替えると、まず「何喰う?」ってメシを喰わせてくれる。

松重: 寛大。本当に助かってた。

◆街自体が劇場みたいだった

――その頃、一番食べたものといいますと?

甲本: 俺は意外とね、餃子好きだった。お客さんから餃子の注文が入るのを待つんよ。それで「俺も!」ってすかさず。

松重: そうそう。餃子は「ホシのオババ」と呼ばれとる人がひとりで作ってて。(声色を使って)「餃子食べていきなさい」。

甲本: いま、ちょっと似とった。

松重: 40年前のことでも、意外と細かいことを覚えてるよな。

甲本: 日々が傑作だったからね。下北沢自体が劇場みたいだった。

松重: 毎回、面白いイベントが起きる。店出ると乱闘が起きてて、「今日は演劇系が揉めてるな」。

甲本: 思い出したけど、俺、出前で本当は行かんといけんとこの隣入っちゃって、そこが中華料理屋だったことがある。

松重: (笑)。だけど、バイトとして優秀なヤツが多かった。伝票がないから全部覚えなきゃいけないし、オーダーを通す声もおっきいしね。

甲本: バンドマンと演劇人が多かったから声はデカかった。

松重: うん。俺ら、仕事はようやってたよな。

甲本: うん。できとった。

◆12年続いたドラマを映画化した理由

――今回の映画は12年間続いてきたドラマを包括する内容でもあり、松重さんは監督・脚本を務められました。ドラマと映画の違い、作る上での難しさはありましたか?

松重: 12年前にテレビ東京の深夜ドラマとして始まった頃は、アジアを含めたお客さんを巻き込んで、これだけ愛されるものになるとは夢にも思いませんでした。ただ、続けていく難しさもあって、ここらで一度大きく風呂敷を広げなおして、映画にするのがいいんじゃないかと思ったんです。とはいえ、映画にするだけの内容のドラマじゃないことは十分承知していましたし、映画にするとなると相当な力技が必要だろうと、最初はポン・ジュノ監督にお願いしたんです。残念ながら、スケジュールは合いませんでしたが、「映画の完成を楽しみにしている」と。

――ポン・ジュノ監督の『孤独のグルメ』!

松重: なんとなく脚本を書きつつ、ドラマを踏襲しながら映画として面白くするにはどうすればいいかを考えまして、ドラマ版の延長というより劇映画として完成させようと。原作が好きな人も、テレビシリーズが好きな人も、全然違うアプローチで観ていただけたらいいなと思っています。(甲本さんの方を見て)昔の俺とは思えんやろ? どっかでふざけようかと思ったけど、ちゃんとせにゃいかんのよ、監督は。

甲本: 昔からちゃんとしたところもあったんよ。それが今日は1日ずっとちゃんとしとる。

松重: 俺もチャランポランでいたいんだけどさ。そうはいかないんだよ。

◆一時は封印していた映画監督の夢

――松重さんがついに夢を叶えたことについて、甲本さんはどのように思っておられるのでしょう?

甲本: この人は何も変わっていないんだなってことが確認できた。出会って、仲良くなるのが異常に早くて、「(東京に)何しに来たん?」って話になって、僕は「バンドやりにきた」、豊は「俺は演劇に携わって映画作りたい」と言った。お互いに今もそれしかやっとらんし、あの頃から何も変わっとらん。

松重: そう言ってもらえて本当に嬉しいし、今回のことは感無量です。40年前にヒロトと一緒に作った映画があるんですけど、僕が不甲斐ないせいで完成にいたらなかったから。

甲本: あれは、脚本家が途中でスキーに行って、骨折したのもあったから。

松重: やけど、ヒロトに申し訳なくて、「監督をやるなんてことはもう言わない」って思ってたの。封印してた。だけど、還暦過ぎて、(監督)やってもいいかなと。それなら絶対ヒロトに音楽をやってもらいたかったから、手紙を書いたんです。

◆デモテープを聞いた瞬間、涙

――松重さんは甲本さんに、どのように依頼なさったんですか?

松重: 「腹減った俺らの歌を作ってほしい」ということと、「ボ・ディドリー・ビート(編註:アメリカで50〜60年代に活躍したR&Bミュージシャンのボ・ディドリーが生み出したシンコペーションの音楽リズムのこと。強力なリズムを基調とした独特のサウンドは今もロックやポップスで広く使われている)で」って無茶ぶりをして。本来なら、ヒロトはそんなオーダーに応えるようなことはしないんですよ。

甲本: できるならするけど、僕にはそういうスキルがない。だから依頼されても、「すみません。思っている通りのことはたぶんできないと思います」という断り方をするか、「何か出しますけど、(気に入らなかったら)ボツにしてください」という関わり方しかできない。だから僕の曲は何度もボツになっています。それだから、今回は本当に特別。それは高飛車な意味ではなく、こんな特別なタイミングだったらやらなきゃいかんだろうと。

松重: そんな特別な曲を書いてもらって、映画も大きな劇場でいろんな人に観てもらえる。奇跡的に物語が繋がったことが嬉しいし、それに応えてくれたヒロトには感謝しかない。

甲本: 僕はできんかったら謝るつもりで、ダメもとでやったんですけどね。ええのができたと思って、部屋で小躍りして(笑)。めっちゃ自信があったんだけど、送る時は「どうかな?」ってちょっと控えめな感じでね。

松重: そのデモテープ、ギター1本でヒロトが「腹減った、おいおいおい」ってね。いま僕はぬけぬけと「監督だ」なんて言ってるけど、40年っていう時間をすっ飛んであの頃の気持ちに戻れて、正直、聞いた瞬間泣きました。翌日、撮影中にみんなでデカい音で聞かせてね。「これができた!」と言って、みんなで雄叫びをあげたのが、もう最高の瞬間だった。とにかく耳に残るから、1回聞かせただけでみんな口ずさむんですよ。そういうのって、テーマソングにするには最高じゃないですか。

◆ハングリーとは満たされた上での飢餓感

――確かに口ずさみたくなります。

松重: あの頃いつも飯に困っていた俺らが今、腹減ったって曲に乗せて、腹減ったって映画を観てもらって。やっぱり、腹減ったってすべての基本というか。

甲本: 人間は常に空腹と共に歩いているから。

松重: うん。さっき喰ったのに、何時間もすればまた腹が減ってる。

甲本: 飢餓感っていろいろあるやんか。ロックンロールでいうところのハングリーとか。で、そのハングリーは貧乏とは違う。貧乏な人はエレキギター買えんからな。エレキギターを持ってハングリーっていうのは、満たされた飢餓感なんよ。全部あるけど「足りんのよ」っていうのが本当のハングリーだし、普段感じる「腹減った」もハングリー。

松重: そういう飢餓感があるからこそ、ああでもないこうでもないって何とか工夫して、物を作り出して。やっぱり飢餓感って大事よな。それを改めてヒロトと共有できたことが、かけがえのない体験というか。

甲本: いやいや、まずあのドラマがええよ。そして、映画も最高。それだけです。

◆俺たち、豆タリアン!?

――せっかくこういう映画なので、おふたりの人生最高グルメもお伺いしたいです。

甲本: 僕、ある時期、自分が好きなものがわかった。豆だった。30歳ぐらいの時。

松重: わかる。俺も豆好きやもん。

甲本: わかるんか。豆はうめー。あの味が好き。

松重: 豆はいつまででも喰えるよね。

甲本: 喰える。そやから、ある時から枝豆も素茹でで、塩かけずにそのままいく。

松重: 俺はちょっと塩分は欲しい。だけど、シューマイとかグリンピースが乗ってるとどかす人がいるのは許せない。

甲本: 同じ、同じ。どかすんだったら、俺のにもう1個乗せろ。豆は丹波の黒豆も旨いし、信州のくらかけ豆も旨い。

松重: あんた詳しいな。

甲本: 豆タリアンやからね。ツアー行って豆買う時もある。あんたもそうだろ? ロケとかでいろんな所に行って、つい道の駅とか見るじゃろ?

松重: 見透かされてる。今回、この映画の宣伝で鹿児島行ったり、岩手行ったりしたけど、道の駅でいろんなものを買うから、物が溜まりまくって大渋滞してる。

◆今飲みたいのはサンラータン

――今回の映画は、スープの味を探し求めるお話です。そこで、おふたりがお好きなスープも教えていただいていいですか?

甲本: いろんなインタビューを受けてきたけど、お好きなスープを聞かれたのは初めてだねぇ。今飲みたいのは、サンラータン。

松重: またマニアックな。

甲本: 美味しかろう?

松重: 美味しいけど、『珉亭』にないから、あんなん昔は喰ったことなかった。俺はとにかく豚汁が好き。

甲本: それはずるいわ。それはみんな好きよ。

松重: 映画の現場って冷たい弁当で我慢しなきゃいけないことが多くて、そんな時にあったかい豚汁が出てきて、「ちょっと暖取ってください」って。そんなの絶対に美味しいに決まってる。

甲本: どんな一流シェフもできんて、あんなもん。

松重: 2日目、3日目ぐらいでまた豚の脂がこなれてきてね。蓮根とかに沁み込んで。

甲本: なんか知らんけど、ペラッペラのリトマス試験紙みたいなこんにゃくがいっぱい入っとる。あれ、なんか好きなんよな。

松重: まあでもサンラータンもいいね。お腹空いてきた。

甲本: 俺は具体的にいま喰いたいものを言った。

松重: 寒くなってきたから、スープ欲しいよね。映画の公開が冬でよかった。スープのいいところって、食べたお客さんが「これなんの出汁?」って謎を知りたくなるところ。で、スープの中には素材や、隠し味や、目に見えない努力とかが入っている。そういうものって、どんなものでも感動するし、それがスープというものをテーマにしたかった理由なんです。ほら、サンラータンも何で出汁とってるかわからんもんな(笑)。

【構成/山脇麻生 撮影/高橋ヨーコ スタイリスト(松重)/増井芳江 ヘアメイク(松重)/高橋郁美 衣装(松重)/suzuki takayuki 武田メガネ(参考商品)】