NHKの連続テレビ小説『虎に翼』における、ヒロイン寅子(伊藤沙莉)の上司・多岐川幸四郎役での好演を筆頭に、近年も登場のたびに印象を残している滝藤賢一さん(48歳)。
自身のファッション本も出版しているオシャレさから、俳優の枠を超えて高い人気を誇っています。
上映中の映画『私にふさわしいホテル』では、のんさん演じる新人作家・中島加代子の前に理不尽な壁として立ちふさがりながら、意外な関係性も見せていく大御所作家・東十条宗典役で存在感を放っています。
そんな滝藤さんに、のんさんの印象や、滝藤さん自身が感じてきた“理不尽さ”への思いを聞きました。
またキャリアを重ねたいま、さらに深まっているという“孤独”への実感も明かしてくれました。
◆あまりに面白い脚本に「自分がやっていいのかな」
――作家・柚木麻子さんの同名小説を、堤幸彦監督(『SPEC』シリーズ、『20世紀少年』3部作)が映画化した作品です。最初に脚本を読まれたときは。
滝藤賢一(以下、滝藤):めちゃくちゃ面白いと思いました。その時点で、堤監督でのんちゃんが主演と聞いていたので、「絶対やりたい!」と思ったのですが、東十条という人間が年齢的にもキャラクター的にも僕ではない気がしてしまい正直、やっていいのかなと迷いました。
まあ、迷ったとか言いながら、やると決めてましたけど(笑)。あまりに面白かったので。
――「山の上ホテル」で撮影できたことも、参加できた魅力のひとつだったのではありませんか?
※山の上ホテル……東京神田駿河台の高台に建築されたクラシックホテル。川端康成、三島由紀夫、伊集院静ら多くの作家に愛された「文化人のホテル」として知られる。老朽化により休館したが、2024年11月15日に明治大学が土地と建物の取得を発表。改修工事が予定されている。
滝藤:山の上ホテルで撮影できるなんて思ってなかったんですよ。その頃には閉館することも分かっていたし、当然セットだろうと。使わせてもらえると聞いた時は奮えました。実際の場所でやったほうがモチベーションも違ってくるし、映画に追い風を感じました。
◆のんちゃんは『あまちゃん』の頃と変わらない
――のんさんとは、朝ドラ『あまちゃん』(2013)で少しだけ共演していますね。
滝藤:僕はワンシーンだけだったから1日の撮影だったと思います。
――今回はがっつりでした。
滝藤:のんちゃんは、あの頃と変わらないキラキラした瞳でした。本当に純粋な目をしているんです。ちょうど『半沢直樹』(TBS)を撮っていた頃だから、10年以上経ってると思うんだけど、本当に変わらない。不思議です。
お芝居もまっすぐで一生懸命。言葉にするのは難しいのですが、ストレートにぶつかって来てくれるので、余計なことを考えずに臨めました。
――滝藤さんが演じた東十条の印象は。
滝藤:男尊女卑クソジジイですよね(笑)。今の時代にはなかなかいないヤバイ人。ただ、自分が演じたからということもあって、どうしても僕は東十条のことを好きになってしまうんですよね。可愛らしい人だなと。
なんだかんだ加代子に、簡単に何度も騙されちゃうんですから。
――確かに可愛らしさも感じました。
滝藤:東十条も理不尽さとか不公平さを味わいながら、今の地位まで這い上がってきたんでしょうけど、それを若い世代に同じようにやってしまう。やっぱり最低のやつですね(笑)。
◆いつも台本に書いていた言葉「逃げない。言い訳しない」
――本編には「才能があれば成功する」「そうとは限らない」といったやりとりが出てきます。
滝藤:核心を突いてますよね。僕もそう思って生きてきました。理不尽さというのは、別にこの世界に入ったからじゃなくて、子どもの頃から感じてました。
小学生の時だって、先生が可愛がる生徒と、可愛がらない生徒がいたし、不公平さ理不尽さというのは、常にどの世界においても昔からあると思うんです。
僕なんかあまりの理不尽に陰で文句言ってひねくれまくってましたから。ただ節目節目でそうした経験があったからこそ、自分に足りないモノ、必要なモノを考えるようになりました。
無名塾に入ってから何年間か、毎回台本の最初に「逃げない。言い訳しない」なんて書いていましたね。
※無名塾……俳優の仲代達矢さん主催の俳優養成所。滝藤さんは1998年から2007年まで所属した。同期に真木よう子さんがいる
――誰に言われたわけでなく、ですか?
滝藤:誰も教えてくれないですよ、そんなこと。だからまずは、誰かのせいにしない、全ては自分との闘いだと。分かっていたってできないんですけどね。
◆俳優を続けられたのは自信があったからじゃない
――そうですね。難しいです。
滝藤:世の中のほとんどの人が不公平さや理不尽さを感じています。でも、そんなの当たり前。その中でどうやって生きていくかというのは、人それぞれでしょうから、なんとも言えないけれど僕の場合は「このままではダメだ!」と思って、「逃げない!」と自分に課しました。でも逃げるんですよ。今でも嫌なことから逃げたくなりますから。
――本作の加代子は、自分の才能には絶対の自信を持っているのが伝わってきて強いです。
滝藤:すごいよね。
――滝藤さんも、俳優に関してはずっと続けてきたのは、自分への期待や自信を持ち続けられたからでしょうか。
滝藤:自信があったのは無名塾に受かった時まで。「やったぜ、これで映画スターだ」と思ってました。入塾してからは、もうボッキボキに折られました。ひと言しゃべったら「ちゃんとした日本語をしゃべりなさい」、一歩踏み出したら「ちゃんと歩きなさい」という毎日ですから。
◆引き返せないから続けた。でもそれが意味があった
――でも辞めなかったわけですよね。
滝藤:辞めても何もできないですから。
――振り返ってみると、続けることの大切さを身に染みて感じたりしますか?
滝藤:分かりません。ほかに何もできないし、正直、引き返せなくなるんです。「高橋克実さんは40歳くらいまでアルバイトしてた」というのを『徹子の部屋』で見て、「40歳まではバイトしながらやってていいんだ」と勝手に思ってました。
今の幸せな生活を考えれば僕にとっては、続けるということは大事だったというか、意味があったように思います。
◆ある意味目立つ芝居をすることも、大事ではある
――そこからどんどん人気が出て、『半沢直樹』のときも「ブレイク俳優!」とバーンとたくさん記事が出ていました。そうしたときの心境は。
滝藤:やってきたことは変わらないんです。今までもどの作品も一生懸命、丁寧に積み重ねてやってきました。そのひとつが、世の中の多くの方に受け入れられたというか、見ていただけたということなんですかね。
ただ、たしか今回の映画でも「売れなくてもいいから書きたいものを書くのか、売れるためのものを書くのか」みたいな言葉があったと思うんですけど、東十条は、売れるもの、万人受けするものを書いている。その東十条の葛藤はめちゃくちゃ共感できます。
――売れるもの。
滝藤:まず世の中の方々に知ってもらうために、誰もやらないような、ある意味目立つというか、奇をてらうような、人の記憶に残る芝居をすることも、時には大事なんだと信じてやってました。
自分が無名塾で学んだ芝居は、余計なことは一切しないという引き算の芝居。でも、僕の場合その芝居では闘えなかったように思います。足し算の芝居をすることで多くの人に知ってもらうことができました。
知名度が上がるというのは、嬉しいことのはずなんですけどね。今はちょっとよく分からないです。
◆世に出れば出るほど、失っていくものも
――分からない。売れることが正しいかどうか、ですか?
滝藤:いや、僕、別にそんなすごい売れてるというわけじゃないです。ただ世の中の方に知ってもらうことに関しては、たとえば世に出れば出るほど、物語でのキャラクター以外のものもどうしても見えてくる。俳優の私生活や趣味など、余計な情報がよぎると思うんです。
――滝藤さんが出ている作品だから見たいと思う人はいると思いますが、作品を観ている最中にそんなことはよぎらないと思いますが。
滝藤:そうですよね。そういう時代ですよね。僕の考え方が古いんです(笑)。自分でも分かってるんですが。世の中の方に知っていただければいただけるだけ、失っていくものも多いのかなと。俳優としての危機感を感じてしまいます。
◆俳優は「孤独」。一生、苦しまないといけない
――キャリアを重ねてきて、俳優としての心境に変化はありますか?
滝藤:本木(雅弘)さんと共演したとき、感じるものがありました。
――『友情〜平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」〜』(テレビ朝日)ですね。
滝藤:本木さんが、めちゃくちゃ苦しんでいるように見えました。本番直前まで、考えて考えて、本番が終わってもずっと苦しんでいる。その“姿”を、隠さない。唯一無二の素晴らしい俳優さんなのに、こんなに苦しんで役を生きている。
「もっと苦しんで、もっと自分を疑って、やるべきことを探さないといけないんじゃないか」と、本木さんの背中を見て教わりました。俳優というのは孤独なんだと、孤独でいなければならないと尊敬する先輩達を見て感じます。
――孤独。
滝藤:正解のない世界で正解を模索していくわけだから、一生苦しむと思います。「生涯、修行だ」と、仲代さんもおっしゃってました。だから苦しまないといけないんです。
――いまはそれがより深まっている感じなのでしょうか。
滝藤:そうですね。『虎に翼』の多岐川もターニングポイントになりました。あえて自分から孤独になろうとしましたし、今までになく苦しみました。
これは別に俳優という職業だけじゃなくて、すべての職業に共通しているように思います。周りは関係ないんです。自分との闘いなんです。なんて自分に言い聞かせながら、路頭に迷っています(笑)。
<取材・文・撮影/望月ふみ>
【望月ふみ】
ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異。X(旧Twitter):@mochi_fumi