悪質な買い手企業へ事業を売却してしまった結果、売り手オーナーがトラブルに巻き込まれる事例が数多く報道されています。その数は実に100社以上にのぼり、関与したM&A仲介会社も実名で報じられ、業界を揺るがす事態に発展しています。本稿にて、報道されているトラブルの実態と、売り手オーナーが取るべき対策を見ていきましょう。M&A支援を行う作田隆吉氏(オーナーズ株式会社代表取締役社長)が解説します。

中小M&Aで頻発するトラブルの構図



[図表1]報道されているトラブル① 出典:朝日新聞デジタル、東洋経済オンライン、ダイヤモンド・オンラインの報道情報より筆者作成

報道されているトラブルの特徴は、買い手が対象企業の現預金の引き抜きを目的として買収を行うものです。現預金を引き抜かれた対象企業は資金繰りが悪化し、倒産する事例も報じられています。一方で、買い手はさまざまな理由をつけて買収後も経営者保証の切り替えを履行せず、売り手オーナーには、資金繰りが悪化した対象会社の借入金に対する債務保証が残されていました。

報道されている個々のトラブル事例を見ていくと、さらにその特徴が明らかになってきます。



[図表2]報道されているトラブル② 出典:朝日新聞デジタル、東洋経済オンライン、ダイヤモンド・オンラインの報道情報より筆者作成

1つめの特徴は、買い手の目的でもあるとおり、譲渡金額に対して多額の資金が対象会社から引き抜かれている点です。譲渡金額をはるかに上回る資金が引き抜かれているケースも散見されます。東洋経済のルシアンホールディングス幹部へのインタビューでは、「資金を回すためには買収した会社の現預金を引き抜く以外に方法がなく、案件を紹介してくれるM&A仲介会社との関係を維持することが絶対条件であった」という異常な実態も語られています。

2つめの特徴は、譲渡対価の相当部分が退職金など後払いとされていた点です。買い手が取引時に支払う対価を低く抑える目的で後払い部分を多額に設計していたものと考えられますが、結果として退職金が支払われていないケースも散見されます。

3つめの特徴は、買い手との初回面談からM&Aの成約までの期間が極めて短いことで、2~3ヵ月で成約に至っているケースが目立ちます。このような短期間となれば、デュー・デリジェンスや当事者間の条件交渉は十分に行っていなかったものと想像できます。現に、トウキョウファーム代表が朝日新聞の取材に答えるなかで、「デュー・デリジェンスはせず当たり外れもあった」、「契約書はネット上のひな形や仲介会社に割とまかせて作ったものであった」と供述しています。

後述しますが、デュー・デリジェンスの実施は、買い手のリスク管理の観点からはもちろんのこと、売り手の利益を守るためにも極めて重要なことです。成約スピードを謳うM&A仲介サービスには特にご注意ください。

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トラブルが誘発される背景・原因

中小M&Aにおいてこうしたトラブルが頻発する背景や原因には、何があるのでしょう。

原因の一つは、M&A仲介サービスの構造上の問題でしょう。これまで本連載で見てきたとおり、M&A仲介サービスは中立の立場で売り手・買い手をマッチングするサービスです。当事者の立場から交渉やM&Aプロセスを支援してくれる機能はありません。上述のとおり、そのことを極めて短い成約期間が物語っているといえます。

また、売り手・買い手双方を支援するM&A仲介会社の担当者が成約を優先させるための情報操作を行いうる立場にあることも、トラブルを助長しうるポイントです。特に、M&A仲介担当者は1件案件を成約させると高額な成約ボーナスを受け取れる設計になっており、顧客ではなく仲介会社の利益を優先するリスクを助長しているといえます。こうした環境によって、とにかく仲介担当者にとっては案件の成約が最優先となる結果、案件スピードが最重視され、成約後のことは知らないといわんばかりにデュー・デリジェンスや契約交渉をないがしろにする事態が生じます。売り手にとっては重大な回収リスクが生じるにも関わらず、安易に退職金を活用するなどして対価の後払いを提案して案件をまとめにいこうとする誘因も生じやすいところです。

また、悪質な買い手であるにもかかわらず、M&A仲介会社から多数の売り案件が紹介され続けていた状況も大きな問題でした。成約すれば多額の仲介手数料が得られる仲介会社と、資金繰りを保つために買収を繰り返さなければならない悪質な買い手の利害が一致していた状況といえるでしょう。仲介会社からしてみれば何度も買収を繰り返すストロング・バイヤーは上顧客ですから、悪質性を疑いにくい関係性であったとも考えられます。なお、こうしたトラブルが頻発したことを受け、中小M&Aガイドラインでは、M&A支援業者に買い手が最終契約を履行し、事業を引き継ぐ意思・能力を有するかを調査するよう求める改訂を行っています。

なお、経営者保証の解除や切り替えはM&Aの当事者ではない金融機関が関与する問題であるため、譲渡後の買い手による経営者保証の解除や切り替えは、契約書において努力義務になりがちです。ここにも本質的にトラブルになりやすい状況が存在します。売り手の利益を考えれば、買い手の経営引き継ぎの意思や能力に関する調査に加えて、経営者保証の解除や買い手への経営者保証の切り替えについて事前に金融機関に照会することも、選択肢として検討する余地があります。この点、報道されているトラブル事例をめぐっては、仲介会社が売り手オーナーに対して金融機関に事前照会をしないよう依頼していた事実も報じられています。