
千葉県の閑静な住宅街で一人暮らしをしていた75歳の母。その突然の訃報を受け、中国・上海から急遽帰国した50歳の息子を待っていたのは、認知症の兆候を示す散乱した部屋と、整理されないまま残された母の人生だったのです。今回の事例では、増加する高齢者単身世帯が直面する「生前整理」の現実と、残された家族の苦悩について、FPの三原由紀氏が解説します。
海外赴任中の息子を襲った母の訃報
上海の喧騒の中、鈴木アキラさん(仮名・50歳)の携帯電話が鳴りました。
日本に残した妻からの電話は、彼の人生を一変させるものでした。3年前に単身赴任で中国へ渡ったアキラさんは、千葉県内の閑静な住宅地で一人暮らしをしていた母・和子さん(仮名・享年75歳)の訃報を聞いて愕然としました。
「母は年金15万円で一人暮らしをしていました。最後に会ったときは元気そうだったのに……」とアキラさんは振り返ります。
和子さんは持病の高血圧があったものの、特に大きな病気はありませんでした。しかし、突然の脳卒中で倒れ、発見が遅れたことで帰らぬ人となってしまいました。
アキラさんは急遽休暇を取得し、3年ぶりに日本へ戻りました。妻は高校受験を控えた長女がいるため、日本での進学を希望し日本に残っていましたが、和子さんの様子を定期的に確認していたといいます。しかし、玄関を開けた瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、想像を絶する光景でした。
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散乱する遺品と明らかになる認知症の兆候
実家の中は、物が散乱し、埃が積もっていました。リビングには新聞や雑誌が山積みになり、キッチンには使いかけの食材や期限切れの缶詰が放置されていました。冷蔵庫の中には、腐敗した食べ物が残されていました。
「母は几帳面な性格だったのに、こんな状態になるなんて……」とアキラさんは言葉を失います。
近所の人の話によると、最近の和子さんは回覧板を回さなかったり、ゴミ当番なのに片付けなかったりすることが増えていたといいます。認知症の初期症状が現れていた可能性が高かったのです。
ここで、令和6年版高齢社会白書のデータに注目します。65歳以上の1人暮らしの割合は、1980年から2020年の40年間で大幅に増加しています。この傾向が今後も続くと予想されており、2050年には、65歳以上の男性の約4人に1人、女性の約3人に1人が1人暮らしになると見込まれています。
また、同データから、65歳以上の高齢者の認知症について、2022年の患者数は443.2万人(有病率12.3%)で高齢者の8人に1人、またMCIと言われる軽度認知障害は558.5万人(有病率15.5%)で6.5人に1人の割合です。2050年には高齢者の5人に1人が認知症になると予想されています。
和子さんのように、高齢者で認知症に罹患する単独世帯は、今後さらに増加すると予測されています。アキラさんの妻は2週間おきに様子を見に行っていましたが、和子さんは家に上げたがらず、会話でも特におかしなところは見られなかったと言います。
「もっと注意深く観察し、交流すべきでした」とアキラさんは後悔してもしきれません。身内で葬儀を執り行いましたが、母和子さんの通帳や銀行印、生命保険の証書も見つけられず、当面の資金の用立てはアキラさんが行いました。
一人息子で、法定相続人もアキラさんだけだったので、揉める兄弟や親戚がいなかったことは唯一の救いでした。