
2024年11月に兵庫県の「出直し知事選挙」で当選した斎藤元彦知事陣営の選挙運動の内容について、「PR会社」A社の代表B氏が「note」で情報発信したことをきっかけに、直後からその内容について公職選挙法違反等の疑いが指摘され続けている。後に刑事告発が行われ、12月16日に兵庫県警と神戸地検が受理する事態となったが、B氏からは何らの説明も行われていない。
捜査が始まった段階に至ってなおB氏が沈黙し続けていることは、どのような意味を持っているのか。それによりA社とB氏、斎藤知事にどのような「デメリット」が生じうるか。そして、B氏と斎藤知事は今後どうすれば事態を打開することができるのか。
「選挙法務」の専門家で、自身も過去に国会議員秘書や市議会議員として生々しい選挙戦の現場に身を置いた経験が多数ある、三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に聞いた。
B氏・斎藤氏に対する「疑惑」の内容とは
まず、A社ないしはB氏の行為について、どのような点が問題となっているのか、整理しておこう(※)。
三葛弁護士:「斎藤氏はA社に71万5000円を支払っており、これが選挙運動に対する報酬にあたり、『買収』に該当するのではないかが問題となります(公職選挙法221条1項1号)。そうなれば斎藤氏の当選が無効となります(公職選挙法251条、251条の2、251条の3参照)
この点に関し、総務省は、『選挙運動用ウェブサイトや選挙運動用電子メールの企画立案を行う業者への報酬の支払い』について、『業者が主体的・裁量的に選挙運動の企画立案を行う場合には、報酬の支払いは買収となるおそれが高い』との基準を示しています。
そこで、A社ないしB氏が選挙運動を『主体的・裁量的』に行い、それへの対価として金員が支払われたのではないかと指摘されているのです。
また、仮に買収にあたらず選挙運動を『ボランティア』で行ったとしても、その場合にはB氏ないしはA社のスタッフらの労務提供行為は公職選挙法199条・政治資金規正法21条1項で禁じられている『寄付』に該当することになり、B氏と斎藤氏は罰せられることになります」
※詳細は2024年12月6日公開「兵庫県知事選「PR会社」も「斎藤氏」も選挙を“ナメていた”? 「有償でもボランティアでもアウト」“選挙法務”専門弁護士が解説」参照
B氏が沈黙し続けることにより生じる「効果」
では、以上の公職選挙法違反ないしは政治資金規正法違反の「疑惑」について、B氏が現状、説明や発信を何ら行っていないことは、どのような効果をもたらすものといえるか。

B氏のnoteは問題の投稿を最後に更新が途絶えたまま(B氏のnoteトップページより)
三葛弁護士:「B氏が現状、説明を回避し続けていることは、結果として、斎藤知事に対してダメージを与え続けていることになります。
政治家にとって、選挙の不正により当選したと指摘されることは、その地位の民主的な正統性を根底から覆しかねないものであり、決して軽いものではありません。
B氏は、たとえば『自分のしたことは適法である』というだけの発信も、『警察に全てお話しします』という発信もできる立場にあります。
しかも、どのような発信の方法が有効か、いわばその道のプロフェッショナルとして熟知しているはずです。それなのに一切発信をしていないという状況は不自然であり、発信しないというより発信すらできないのではないかとの疑問を抱かれ、より怪しさを際立たせてしまっています。
結果として、B氏が沈黙し続けていることにより、斎藤知事は、自身の正統性に疑問を突き付けられ続けています。テレビゲーム風に言えば、毒によりどんどん体力を奪われている状態です」
「Xデー」は“2月中旬”頃?
本件については告発状が受理されている。今後、捜査はどのように展開していくと考えられるか。
三葛弁護士:「次のアクションは、おそらくB氏に対する任意聴取です。警察としては、告発状を受理している以上、何も事情を聞かないまま、起訴・不起訴の判断をすることは考えにくいです。また、公訴時効もあります。
しかも、そもそも本件は、事前の捜査に多大な時間がかかるようなややこしい事件ではありません。
捜査情報を知り得る立場にはないのではっきりとはいえませんが、通常の手順で考えても、B氏への任意の事情聴取がそう遠くない未来に行われると考えられます」
任意聴取のタイミングとして、2月中旬が一つの目安になるという。
三葛弁護士:「例年、2月下旬から3月にかけて、兵庫県議会で予算審議が行われ、4月から翌年3月までに執行すべき予算の内容を決めることになります。
議会側としては、知事が正当に選ばれたことにすら疑問があるのを前提に、知事が議会の大多数と敵対している状態は変わっていません。したがって、提出予算を否決した上で、職員の給料や施設の維持管理費などの最低限しか認めない骨格予算や暫定予算が考えられます。それにより、その評価はともかく事実として、県政が滞ります。
任意聴取等は民主的正統性を揺るがす事態の入り口となるため、警察がアクションを進めるタイミングは予算審議中ないし予算成立後とは考えにくく、むしろ予算審議の前、つまり2月中旬頃までには何らかのアクションがある可能性が考えられます。
知事の民主的正統性が疑われている状態が続くなか、そうは言っても知事が選挙で選ばれている以上、県議会側のイニシアティブにより、再度不信任の議決をして県知事選挙を行うことも、現実的ではありません。
つまり、県議会からは手が打ちにくい状況になっています。だからこそ、公職選挙法違反または政治資金規正法違反等があったかどうかという法的な問題がクリアになるかが重要です」
B氏は「何を守るか」を決めるべき
B氏に対して任意聴取をせず、いきなり逮捕する手段がとられる可能性もあるという。
三葛弁護士:「絶対にあってはならないことですが、B氏の言動が斎藤氏の立場を危うくしたということで、斎藤氏の熱烈な支持者の怒りの矛先がB氏に向けられるおそれもなくはありません。
これを避けるために、B氏の身の安全を確保することを意識して、ある日突然、逮捕に踏み切る可能性も考えられます。もちろん、刑事訴訟法が定める逮捕の要件をクリアした上ではありますが」
いずれにしてもB氏は、noteで発信した内容の真偽について、説明責任を求められている状態にある。
三葛弁護士:「結論から言えば、B氏の採りうる手段としては、知事を守るために何も発信をせず沈黙を貫くか、自分や会社を守るために真実をすべて包み隠さず話すか、基本的には両極端のどちらかしかないと考えられます。
そこで重要なのが、B氏が『何を守るか』を決めることです。それこそが、今後とるべき態度を定める指針になります」
「斎藤知事を守るため」にとるべき手段は?
まず、B氏が斎藤知事を守りたい場合、どうすればいいか。三葛弁護士は、今のまま「黙っている」ことは一時的には有効性が認められるものの、長期的にみればマイナスが大きいと指摘する。
三葛弁護士:「目先のことだけ考えれば、『発信をしない』という選択肢をとることは有効かもしれません。少なくとも、法的ないし政治的に深刻なダメージを与えることにはならないでしょう。
ただし、その間、斎藤知事に対する疑惑が晴れない状態がずっと続き、政治的ダメージは蓄積します。
沈黙している限り、深刻なダメージから守ることはでき得たとしても、その状況から回復することは考えにくいです。
そして、警察から任意であっても聴取を受ける段階に至れば、いわゆる完全黙秘を貫くことは簡単ではないため、何も話さないで沈黙を貫くことができるかどうかもポイントになってきます」
「自分と会社を守るため」にとるべき手段は?
他方で、B氏が斎藤氏ではなく、自分とA社を守ろうとする場合には、どのような行動をとるべきなのか。三葛弁護士は、「真実をすべて徹底的に説明すること」がベストだと説明する。
三葛弁護士:「今回、A社とB氏が関わったことにより、不可能と言われた選挙をひっくり返して斎藤知事を当選に導いた実績は大変大きなものです。
そのブランドやノウハウを守るのも1つの選択肢です。逆に言えば、だからこそ、兵庫県知事選挙への携わり方については、記者会見の開催や、警察に話すということも含めて、きちんと丁寧に説明をしていくことが大切です。中途半端な説明は逆効果を生みます。
徹底的に追及され、批判にもさらされるので、精神的にきついかもしれません。また、noteで発信した内容が真実であれば刑事責任を問われるリスクもあり、かつ、自分が勝たせた斎藤氏の当選が無効となり『とどめを刺す』ことにつながる可能性もあります。
徹底的に説明し、社会的責任・道義的責任を果たすことは『賭け』にはなりますが、今後、ビジネスの道が開けてくる余地もあります」
斎藤知事はどうすべきか?“法的・政治的観点”からの「解決方法」
現状、斎藤知事の代理人弁護士は、A社とB氏の選挙活動への関わりが「主体的ではなかった」と述べ、noteの記載内容も「盛っていた」としているが、斎藤知事はどのような選択をすべきか。
三葛弁護士:「B氏とA社が何も発信せず沈黙し続けていることで、疑惑が深まり続ける事態になっています。
出直し知事選で当選した直後と比べ、斎藤知事に対する世の中の風向きはすっかり変わりました。
このままだと、兵庫県知事としての民主的正統性が疑われている状態が続くだけです。これをどう打開するかが極めて重要で、法的観点からの解決方法と、政治的観点からの解決方法とが考えられます。
まず、法的観点からの解決方法は、自身と陣営が、公職選挙法や政治資金規正法に違反していないと、はっきり証明することです。これは、いわゆる『悪魔の証明』(その事実がないことの証明)ではありません。
斎藤氏の陣営は『A社ないしB氏にボールがある』とするばかりで、納得のいく説明を行っているとは言い難い状況です。よって、斎藤氏の選挙陣営内部の役割分担、A社の位置づけをを明らかにし、指摘を受けている点が違法ではないという法的整理により、公選法等の違反の余地がないと伝える必要があります。
具体的には、A社とB氏に対して説明するよう働きかけをすると同時に、自陣営が持っているA社・B氏に関する資料についても、警察やメディアに開示し、真相の究明に積極的に協力すべきでしょう。
次に、政治的観点からの解決方法として考えられるのは、議会を解散することです。地方自治法上、重要な予算が議会に否決された場合には、不信任の議決とみなして議会を解散できます(地方自治法177条3項参照)。
その選挙で、斎藤知事を支持する新党ないし政治団体を立ち上げ、その新党等が議会の多数派を形成すれば、民主的正統性は担保される可能性があります。
もちろん、こちらも『賭け』にはなります。不信任案決議が提出された段階で、知事選同日選挙として行うべきだったかもしれませんが、知事の政治的イニシアティブによる打開案として考えられうる一案です。それでも公選法違反の疑いが晴れるわけではありませんが。
いずれにせよ、定石通りの手法により事態を打開することができない以上、法制度上許される範囲内での戦いになります」