森の中を歩いていると、静けさに癒やされるものです。しかし、じつは木々や草花は私たちには聞こえない言葉で盛んに情報交換をし、土の下では養分のやり取りを行い、互いに協力しながら生きていることが最近の研究で明らかになってきました。最近の研究により、植物たちは相互に情報や養分をやり取りし、協力しながら生育していることが明らかになっています。有機無農薬でローズガーデンを育てる持田和樹さんが今回解説するのは、そんな自然の仕組みと、そこに着想を得た庭づくり。実体験を交えながら、ローメンテナンスで豊かな庭をつくるためのヒントをご紹介します。

森の豊かさを支える「マザーツリー」

皆さんは「マザーツリー」という言葉をご存じでしょうか?

これは、カナダの森林生態学者スザンヌ・シマード博士が提唱した概念で、森林の中で「母なる木」として中心的な役割を果たす大きな木たちのことを指します。映画『アバター』で、そのコンセプトを知った方もいるかもしれません。

マザーツリーは、単に大きく目立つだけの木ではありません。他の木々や生態系全体を支える存在であり、森の健康を保つ要となっています。

マザーツリーが一体何をしているのか。そのことを知ることは、庭や菜園を愛する私たちにとっても、自然の力を生かした持続可能なガーデニングのヒントになります。この記事では、マザーツリーの役割と、その概念を応用した庭づくりのアイデアをご紹介したいと思います。

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マザーツリーの働き ~森の母が支える生命のつながり~


Andrea Danti/Shutterstock.com

まず、マザーツリーが森林で果たしている役割を少しのぞいてみましょう。その仕組みは驚きと感動に満ちています。

森林の地下には、植物の根とともに、菌根菌による広大なネットワークが広がっています。森の木々は根を通じて菌類と共生し、この「菌根ネットワーク」(ウッドワイドウェブとも)で繋がり合うことで、まるでインターネットのように相互に栄養や情報をやり取りしていると考えられています。たとえば、害虫が発生したときには「注意報」を送り、乾燥が進むと栄養を分配するなどです。そのネットワークの中でも、幼木へ栄養を送ったり、周囲に防御信号を発信するなど、中心的な役割を果たしている木々が、マザーツリーです。

今までの常識では、植物同士は栄養を奪い合い競争する、弱肉強食のようなイメージがあったかもしれません。確かにそういった一面もあると思いますが、じつは最新の科学では植物同士が助け合いながら生きていることが次々に明らかになってきています。

若木のサポートもマザーツリーの役割

先述のとおり、子どもである苗木に栄養を優先的に送るのも、マザーツリーの大切な役割だと考えられています。日陰の中で成長が遅れがちな若木を助け、次世代の森を支えています。

最近まで、光が遮られて日光が当たりにくく、光合成があまりできない森や山の中で、なぜ幼い小さな木が育つのか不明でした。そこで、ある研究チームの実験で、1つのプランターに木を2本植え、片方の木には光が当たらないように遮光袋を被せて1年後にどうなるか、という実験が行われました。普通に考えれば、遮光された木は植物が生きていく上で欠かすことのできない光合成ができず、枯れるはずですが、なんと結果は枯れていませんでした。しかし、同じ条件で、今度はプランターの土に仕切りをつけて根が干渉しないようにしたところ、遮光袋を被せた木は枯れてしまうという結果になりました。

つまり、植物は互いに栄養交換していることが証明されたのです。栄養交換は、根に共生している菌の菌糸のネットワークを通して行われると考えられています。

菌根ネットワークが森林の要


アスペンの森の黄葉。Kristi Blokhin/Shutterstock.com

北米のアスペン(アメリカヤマナラシ)の森林では、マザーツリーが森林全体の健康を支える重要な存在であることが確認されています。アスペンの大木は、菌根ネットワークを介して他の若いアスペンに炭素や水を分配しています。特に干ばつの際は、マザーツリーがネットワークを通じて水分を供給し、若木の枯死を防ぐことが観測されています。また、伐採が行われたエリアでは、若木の生存率が劇的に低下したそうです。