葬儀にやってきた「海外帰りの義弟」から“驚きの要求”が
マサルさんは60歳の誕生日を迎えることなく、この世を去ってしまいました。
あまりに突然のことにヤスコさんは呆然。家事も仕事も手につきません。義母と義弟夫婦に連絡するのがやっとです。あとは葬儀社に言われるがまま、バタバタと通夜・葬儀を執り行いました。
その後も涙すら出ず、茫然自失状態のヤスコさん。しかし、葬儀から1週間後、義弟のタカフミさんから次のように持ちかけられました。
タカフミ「僕ら、そろそろ戻らないといけないんだよね。兄さんの遺産の話をしてもいいかな?」
ヤスコ「遺産、ですか……」
タカフミさんは、海外赴任先のシンガポールで働いており、葬儀のために妻を連れて一時帰国していたのです。
「突然『遺産』と言われても……」
義弟の言葉に困惑したヤスコさん。これまで遺産や相続についてきちんと調べたことがありませんでした。義弟の言葉を受け、初めてマサルさん名義の資産を計算してみると、1,500万円の預金と500万円の有価証券、あとはヤスコさんと共有名義で購入したいま住んでいるマンションが「遺産」と呼べるものであるとわかりました。
しかし、ここでヤスコさんは、「遺産は配偶者と子どもがもらうもの」と親が言っていたことを思い出しました。さらに、義弟は生前マサルさんとほとんど連絡を取っておらず、不仲とも聞いています。
「失礼ですが……、タカフミさんには、遺産をもらう権利がないのではないですか?」とヤスコさんが恐る恐る尋ねると、義弟は逆上。
「兄さんとヤスコさんには、子どもがいないんだろ? なら、兄さんの遺産は俺たちも貰う権利があるはずだ。あなたと僕で遺産は半分ずつ。これでいいよね? 1人になったんだし、どうせならマンションも売って現金にしたらどう?」
タカフミさんは、傷心のヤスコさんに詰め寄ります。
「落ち着いて話しませんか」とヤスコさんは消え入る声でなだめますが、タカフミさんの耳には届かない様子です。
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子どもがいない夫婦の場合、義弟の遺産相続権は?
「夫との思い出が詰まった家を売らなきゃいけないの……?」
義弟の言葉でなにが正しいのかわからなくなったヤスコさんは、まず知り合いのファイナンシャルプランナーに相談することにしました。
するとそのFPは「法定相続人」のキホンについて下記のように教えてくれました。
FP「法定相続人とは『遺産相続の権利があると法律で定められた人』のことです。法定相続人には相続順位が定められています」
ヤスコさん「なるほど。義母やタカフミさん(義弟)にもマサルさんの遺産をもらう権利があるのね……」
FP「いえ、全員に相続権があるのではありませんよ。上位の順位に該当者がいない場合に、順次、下位の順位の相続人に相続権が移っていきます。
今回の場合、配偶者のヤスコさんは常に相続人です。そして、第1順位の「子」はいらっしゃらないため、相続権は第2順位の「親」に移ります。マサルさんのお母様はご存命とのことですので、相続権は第2順位までで、第3順位の兄弟姉妹には相続権がありません」
法定相続割合どおりに分割すると、マサルさんの遺産の2/3をヤスコさんが、1/3を義母が相続することになります。ただし、相続割合は遺産分割協議にて法定相続人全員が納得すれば、任意で決めることができます。
「つまり、現状だとタカフミさんに遺産を受ける権利はないってことなんですね。なるほど……」
FPに相談後、一連の話をタカフミさんにしたところ、「そんなバカなことがあるか!」と、案の定怒ってしまいました。佐々木夫妻には子どもがいないため、自分にも相続権があるものと思い込んでいたようです。
「わざわざシンガポールからここまで来たのに、一銭も得ずに帰るなんてありえない」と考えたタカフミさんは、往生際悪く騒ぎ立てました。
「いや、遺言書があれば話は別だよな。俺と兄さんは仲がよかったから、きっとあるはずだ!」
タカフミさんは家中を探し回りましたが、もちろん遺言書らしきものは見当たりません。トラブルが長引くのを避けるため、ヤスコさんも法務局の「遺言書保管制度」の利用有無も調べましたが、利用はなかったようです。
そもそもマサルさん本人にとっても、こんなに早く亡くなるつもりはなかったでしょうから、遺言書の準備などしていなかったのでしょう。結局、遺言書は見つかりませんでした。