
焼肉屋を経営するEさん(63歳)には4,000万円の資産がありますが、開店資金分の負債もあります。持病のある娘を心配し最大限の遺産を残したいと思っているものの、経営がうまくいき続ける保証はありません。本稿ではエッサムによる書籍『改訂新版 図解でわかる家族信託を使った相続対策超入門』(あさ出版)から一部を抜粋・再編集し、そんな悩みを解決する方法について解説します。
事例:健康に不安のある子供を持つ焼肉店経営者 63歳のEさん
Eさんは早くに夫に先立たれ、生活のために焼肉店を開きました。幸い、焼肉店はうまく軌道に乗り、2店舗目も開業しています。63歳になった現在、4,000万円の預貯金もできました。ただし、一方で2店舗目の開店資金とした借入金も残っています。
そんなEさんには幼少の頃から持病がある35歳の娘がいます。治療は生涯続き、定期的な検査入院などが必要なので、就職はせず、健康状態のよいときはEさんの店を手伝いながら生活しています。
Eさんはそんな娘を心配して、できる限りの財産を遺したいと考えていますが、自身もまだ若く、老後の資金も必要です。今はうまくいっている焼肉店も、将来の経営状況まではわかりません。また、元気なうちは財産を自分で管理したいという気持ちもあります。どのような手段があるでしょうか。
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家族信託のメリットを享受できる自己信託
家族信託は「自己信託」というしくみをとることもできます。自己信託とは、委託者自らが受託者となり、他人である受益者(Eさんの場合は娘)のために委託者が自己の財産を管理・処分等する方法です。
ここでポイントになるのは、委託者が自分の財産を自分で管理することです。一見すると、家族信託にする意味がないようですが、「自分の財産を、個人の財産とは切り離して管理できる」という点に特徴があります。
そのため、Eさんのように「借入金がある一方で財産もある」場合などは、個人のマイナスの財産である借入金と、信託財産を分けることができます。
たとえば焼肉店にトラブルがあったり、経済状況が変わったりして、経営がうまくいかなくなった場合、通常であれば預貯金など自身の財産から返済をする必要があります。Eさんの資産が減少し、娘に財産を遺せなくなる可能性もあるわけです。
一方で、信託財産として現在の預貯金を信託しておけば、焼肉店が倒産したりしても信託財産が影響を受けることはありません。この点に大きなメリットがあるわけです。
自己信託の特徴は、登場人物が少ないということもあります。委託者=受託者となりますので、1人で契約が完結するということです。受益者となる第三者を含めても2人しか登場しません。非常にコンパクトな家族信託となります。Eさんの場合、次のようなしくみになります。
委託者……Eさん
受託者……Eさん
受益者……娘
Eさんは、預貯金4,000万円のうち、2,500万円を娘を受益者とした信託財産にすることにしました。残り1,500万円は自身の老後のため、また経営悪化等に備えるためにも手元に残してあります。老後を過ごすのにはまだ不安が残る額ですが、今のところは焼肉店もうまくいっているため、これからまた資産を築こうと張り合いが出たそうです。