高齢化が進み、介護を必要とする人が増えつづけています。必然的に介護に携わる人も増えており、現役世代にとって「仕事と介護の両立」は大きな課題といえるでしょう。両立が難しい場合には、親を介護施設に入れるという選択肢も視野に入りますが、その選択が後に大きな後悔へと変わることも……。本記事では、佐原さん(仮名)の事例とともに親の介護において考えるべきポイントについて、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。

母の在宅介護に限界を感じ、介護施設へ

佐原由美さん(仮名/51歳)は、数年前から母親の和子さん(仮名/80歳)の面倒をみながら働く日々を送っていました。和子さんは軽度の認知症になっており、由美さんが自宅で世話をしているのです。自宅で和子さんと一緒に暮らすことについて、共働きの夫も理解を示していました。そんな日々が続くなか、由美さんの頭を悩ませる変化が起こります。

近ごろの和子さんは足腰が弱り、転倒することも増えてきました。夜中に起きだして徘徊することもあります。仕事で疲れて帰ってくる由美さんは、日を追うごとに仕事と母の世話の両立に限界を感じるように。在宅介護サービスやデイサービスも利用していますが、朝は出勤時間を少し遅らせて見送りし、夕方も早めに帰宅して出迎えるなど、由美さんの負担は大きく、日に日に疲弊していきます。

仕事を辞めて介護に専念することも頭をよぎったのですが、子供たちの学費も支払わなければならず、自身の老後資金を貯めることもできていません。いますぐ仕事を辞めることは現実的に難しい状況です。

そんなとき、ケアマネージャーから「施設入所を考えてみては?」と提案されました。そのときは、介護施設は暗く、死を待つ場所というイメージがあり、「母がかわいそう」と強い抵抗がありました。

しかし、母に対して段々辛くあたるようになっていた自分の精神状態と、実の娘からそんな扱いを受ける母自身のことを思い、まずは母が安心して暮らせる環境を整えることこそ最善だという結論に至ります。

そうして、由美さんは母の年金月額15万円程度で賄える老人ホームを探しだし、母の入所を決めたのでした。

(広告の後にも続きます)

施設での生活に馴染めず、衰弱していく母

「家に帰りたい……なんでこんなところにいなければならないの?」

入所初日、母は落ち着かない様子でした。施設のスタッフは優しく接してくれたものの、母の不満は日に日に募ります。「ここに来たくなかった」「私はまだ自分でできるのに」と繰り返していたのでした。

施設では、入浴や食事の世話は行き届いていましたが、母の表情はどんどん暗くなっていきました。自宅では自由に過ごせたのに、施設では決められた時間に食事を取り、決められた時間に寝なければなりません。

そして、そんな生活が嫌になって施設の脱走を試みることもあったようです。幸い、施設のセキュリティは強固なうえ、脱走前に職員に宥められたと聞いた由美さんは、「出たらダメだよ。迷惑をかけたらダメ」そう、母にキツめの口調でいいつけました。

由美さんは頻繁に面会にも訪れていましたが、母の口数が日に日に減っていくことに気がつきました。心配になって職員に話を聞いてみると、「最近、食事の量が減ってきていて、少し元気がなくなっている」といわれました。しかし由美さんは「一緒に帰ろう」の一言がどうしても喉から出てきません。

それから半年後、1人で歩行することも困難になり、寝たきりになって施設を移ることになりました。

すっかりやせ細り会話もままならなくなった母を見ながら、由美さんは頭のなかで自問自答します。施設に入れたことで母の寿命を縮めてしまったのではないか、残された時間を母と一緒に過ごさず、母が安心できる環境を優先して施設に入れるという選択が本当に正しかったのだろうかと……。

「見て見ぬふりをしました。でもここに居させるしかなかった」由美さんは耐え難い苦しみを抱え、泣き崩れました。