
金融庁の発表によると、2024年12月末時点の少額投資非課税制度(NISA)の累計買い付け額は約52兆円に達したといいます。新NISAをきっかけに、貯蓄から投資への流れが加速する現状が見て取れますが、不確定要素の多い世界情勢において、果たして新NISAだけの投資で資産を守り切れるのでしょうか? ※本連載は、長谷川建一氏の著書『富裕層のためのオルタナティブ投資の教科書』(ゴールドオンライン新書)より一部を抜粋・編集したものです。
投資シーンから見る、国内経済の現状
2024年1月1日、従来の税制優遇制度「NISA(少額投資非課税制度)」が見直された新NISA制度が始まりました。岸田政権は2023年を「資産所得倍増元年」とし、「貯蓄から投資へ」のシフトから「人生100年時代」に合わせた資産形成を主導しています。その足がかりとなる新制度によって、長期間に渡って非課税というメリットを享受しながら資産を運用することができるようになりました。
日本は従来より米国や英国などと比較して資産に占める現預金の割合が高く、株式や債券、投資信託といった有価証券の割合が低いという傾向があります。小泉内閣の2001年以来「貯蓄から投資へ」のスローガンが掲げられる一方、日本の家計における現預金の保有比率は依然高止まりしており、株式や債券などのリスク資産保有比率は低位で推移してきたというのが実態です。
しかし、少子高齢化が進む日本では、老後の生活や「将来年金を受け取れるのだろうか?」といった不安を拭えません。将来の暮らしに必要な資産を守るために「貯蓄から投資へ」のシフトは避けられない流れといえるでしょう。
こうした背景もあり、新NISA開始後、2024年上半期の売買金額は近年の年間買付額の5兆円を大幅に上回る、10兆円規模となる見込みが示されています。若年層を中心にNISAのための口座数も急速に増加しており、貯蓄から投資へ着実な変化が起きていることは確かです。しかし、2024年8月初めには、日経平均株価は高値から1万円を超える値幅で下落しました。こうした相場の下では、新NISAの取り組みだけで大丈夫なのかという不安を抱く人もいるのではないでしょうか。
また、大手国内証券会社の利益の源泉ともなっていた個人投資家向けの仕組債(一般的な債券にデリバティブ〈金融派生商品〉を組み込んだもの)に対して、金融庁のメスが入ったことも記憶に新しいところです。
2022年、金融庁が公開した「投資信託等の販売会社による顧客本位の業務運営のモニタリング結果について」(参考:https://www.fsa.go.jp/news/r3/kokyakuhoni/202206/fd_202206.html)では、複雑なデリバティブ商品を販売することに対して「中長期的な資産形成を目指す一般的な顧客ニーズに即した商品として、ふさわしいものとは考えにくい。(抜粋)」と指摘されています。
仕組債は、投資家にとって定期的なクーポン(年間の固定利回り)を享受できる一方、隠れた側面としてオプションを含むデリバティブのリスクを引き受けるものであり、これがあまり認識されていない点が問題でした。この警告を受け、大手の国内証券会社は相次いで個人向け仕組債の販売を停止しました。こうして個人投資家たちが組成コストや販売コストが発生する複雑な仕組みの金融商品から離れたことにより、シンプルでマーケットに連動する投資信託の需要が高まっています。
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投資シーンから見る、世界経済の現状
2020年の新型コロナウイルス拡大、2021年のウクライナ戦争を経て、世界各国は歴史的な物価高騰に直面しました。主要な中央銀行は一様に急激な金融引き締め(利上げ)を行い、物価の安定化を図りました。FRBは2023年7月まで金利を引き上げ、政策金利の水準は、ITバブル崩壊前の2001年3月の高さまで上昇しました。
一方、投資家たちはインフレのピークアウトを見越し、急ピッチな金利引き上げから利上げペース減速の想定により株式市場は上昇しました。米国をはじめ先進国の株式指数は2022年をボトムに右肩上がりで上昇し、個人投資家は株高の恩恵を受けました。
そうした個人投資家に人気のあった指数(ベンチマーク)連動型の投資信託は、一般的にパッシブ運用と呼ばれています。具体的には、日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)に連動した運用成果を目指す手法のことです。
パッシブ運用は、ベンチマークを上回る運用成果を目標としたアクティブ運用と比較して、個別株式へのリサーチコストを抑えられる分、手数料が低いのが魅力の一つです。また、代表的なパッシブ運用である株価指数連動型上場投資信託(ETF)は購入手数料が発生しないほか、株式の売買と同様に市場で取引ができることから、初心者の投資家から注目されました。
米国の新興企業向けの株式で構成されたNASDAQ指数の動きに対して、概ね2倍以上のレバレッジをかける投資信託が、SNSで「レバナス」と呼ばれ人気を集めました。さらに、日々価格変動する金融商品を一度に購入するのではなく、一定金額で定期的に購入することで、時間による分散投資が可能となります(ドルコスト平均法)。株価が大きく変動しているときでもそれに左右されることなく、自動的に購入が実行され続けるため、常にマーケットを気にしなくていいというメリットがあります。
このように、ドルコスト平均法と呼ばれる分散投資を行えば、相場の動きを読む必要がないため初心者でも投資をすることができます。しかし、こうした方法は「投資対象が長期的に見て上昇する」という前提のうえで成り立っていることに留意しなければなりません。米国主要指数のように、この20年間で上昇し続けている相場であれば、利益を得ることが可能です。
一方、日本市場に目を向けてみましょう。直近の上昇を除いて、TOPIX(東証株価指数)は狭いレンジで推移しており、なかなか2007年のリーマンショック以降、株価は10年長期投資の恩恵を得られていません。ようやく日本でも重い腰を上げて貯蓄から投資へという流れができつつありますが、今後5年~10年の間に株価が上昇し続けるとは限りません。手数料が安く、手軽だからといってETF等を始めたとしても、最終的に利益を得られるかは疑問です。
このまま投資信託のみに投資を続けて、果たして長期的に資産を構築できるでしょうか。実際に金融先進国と呼ばれる米国や英国、「アジアの金融ハブ」と呼ばれる香港、シンガポールでは、「投資信託のみ」という投資家はあまりいません。では彼らが、伝統的資産である株式や債券のみに投資しないのはなぜでしょうか。
かつては「株式と債券は逆相関する」という前提のもと、安定したリターンを獲得することができました。機関投資家のなかには株式を60%、債券を40%に配分する伝統的な投資戦略「60・40ポートフォリオ戦略」を取る投資家も少なくありません。この理論は、金利が高い状況下では一定の成果をもたらしました。ところが2008年の金融危機や2022年の高金利環境では、株式と債券の価格が同時に下落しました。
すなわち、ロング(買い)のみのポジションを取っていること(長期保有)は市場との連動性を避けることができず、ダメージを抑えられません。一方向の動きだけで利益を得る金融商品は、長期的なリターンがぶれてしまいます。この「60・40戦略」を時代遅れとする運用会社も多く、近年では株式・債券のみに捉われない幅広い投資機会に注目が集まっています。
投資は保有期間だけでなく、売買のタイミングも重要です。なるべく安く買い、高く売りたいものです。しかし、人間の心理としては値上がり時に買い、値下がり時に売ってしまうのが現実です。なぜなら、価格が下がり続ける局面において、継続して買い続けるのは心理的負担が大きいうえ、多くの人にとって利得の喜びと損失の悲しみを比べたときに、後者のほうが強く感じやすいという人間の特徴があるためです。損失を抱えた株式を売却して損失を確定させる「損切り」がなかなかできないという傾向もあります。
長谷川 建一
Wells Global Asset Management Limited, CEO最高経営責任者
国際金融ストラテジスト <在香港>
京都大学法学部卒・神戸大学経営学修士(MBA)