
大学入試のシーズンもまもなく終わりを迎える。
多くの国立大学では3月20日ごろに後期日程の合格発表が行われ、私立大学でも共通テスト利用入試などの合格発表が連日続いている。
受験を戦い抜いた若者や保護者にとって、4月からどの大学で学ぶのか、あるいは浪人するのかを判断する重要な時期だが、悩みの種はそれだけではない。
国公立、私立と複数の大学や学部、学科を併願して受験した場合、「本命」の合否が出る前に、滑り止めとして受験した大学の入学金納付金期限を迎える場合があるからだ。
実際、SNS上では「ドブに(捨てることに)なるかもしれない私立入学金、納入した」「入学金は払ったけど最悪コレを捨てることになるのか」といった受験生の保護者と見られるアカウントによる投稿が見受けられた。
大学生の約4人に1人が二重払いを経験
文科省のデータによると、令和5年度(2023年度)の入学金の平均額は国立大学で約28万円、私立大学で約24万円。入学時の手続きではこの入学金に加えて、初年度の授業料等を払わなければならない大学もある。
この入学金の負担を巡って、有志の若者団体「入学金調査プロジェクト」が今年1月、調査結果を発表した。調査に回答した大学生のうち、27%が入学金の二重払いを経験したと回答したという。
同団体は調査結果から、受験時の暮らし向きが苦しかったと感じている学生に関して「私立大学の入試、特に大学共通テスト利用入試において、一つ以上諦めた傾向が強いと推察される」と結論付けている。
受験校を諦めざるを得ない人が出てくる恐れのある、現行の入学金のシステムは、法的に問題ないのだろうか。
入学を辞退しても返還する義務はない
過去の最高裁判決(平成18年(2006年)11月27日)では授業料について、学生が大学に入学する日(通常は4月1日)よりも前に、入学を辞退した場合には原則として大学側が「授業料」の返還義務を負うとの基準を示した一方、「入学金」については下記のように判断。入学を辞退したとしても、返還する義務はないとした。
〈その額が不相当に高額であるなど他の性質を有するものと認められる特段の事情のない限り、学生が当該大学に入学し得る地位を取得するための対価としての性質を有するものであり、当該大学が合格した者を学生として受け入れるための事務手続等に要する費用にも充てられることが予定されている〉
この最高裁の判断について、杉山大介弁護士は次のように解説する。
「入学金は、あくまで入学が認められる地位が保証される、手付のような位置づけであり、その対価はもう享受しているという点で、授業料とは性質が異なります。
つまり、入学金を支払うという行為は、学生が大学に入りたいと言えば、入れてもらえる権利を買ったということになります」
一方で最高裁は〈不相当に高額であるなど~特段の事情〉がある場合は、この限りではないと含みを持たせている。
では、どのような場合に、入学金が「不相当に高額」であると判断され得るのだろうか。
「手付のような効果を逸脱した金額が設定された場合には、否定されることもあるということなのでしょう。単に金額が高すぎるかどうかを論じるものではなく、入学金としての性質を逸脱して設定されているのかどうかの話だと思います。
たとえば、入学金が50万円で、授業料が10万円という設定だった場合、おそらく入学金という名目が用いられているだけで、実際には“返還しなくても良い授業料”を取ろうとしていると言えるでしょう。
逆に、入学金150万円、授業料が250万円の大学があったとして、それを『不相当に高額』だと否認するような使い方はしないのではないかと、私は考えます。
どのような費用を設定してどのようなサービスを提供するのかは基本的に学校側の自由ですし、受験前にそれがわかっていて選択の余地があるなら、頭ごなしに契約の自由を否定する話でもないと思います」
「徳政令のような救済制度まで想定されているわけではない」
ただ、先述した調査結果では、回答者の約9割が入学金の二重払いを問題視していることが明らかになっている。
最高裁判決から約20年がたつ中で、こうした現状を踏まえつつ、杉山弁護士に改めてこの判決の評価について聞いた。
「手付という仕組みは、慣行上も変わらず存在していますし、民法でも明文で存在する仕組みですから、そもそもわが国の法体系や慣習としておかしなものとは考えられていません。
たとえば、家を借りる際にも、保証金を支払う必要があるように、学校の場合だけ特段どうこう言う理由はないと思います」
また、調査では13.6%が、入学するか分からない段階で入学金を払う可能性のある入試方法を、選択肢から外したと回答しているが、この結果についても、杉山弁護士は冷静に、以下のように述べる。
「『いやなら選択肢から外せば良い』というのが、法から見た考え方になります。
法によって双方の合意を強制的に引き直すというのは、かなり強力で、一方の意思を踏みにじる手段であり、それなりに逸脱した不当な状況がないと、行うべきでないというのが法の原則です。
消費者保護法制の中で、その逸脱の定型化や客観化は行われど、徳政令のような救済制度まで想定されているわけではないと思います」(杉山弁護士)
「どの大学に進学するか」だけが、その後の人生を左右するわけではないが、若い学生にとっても送り出す親にとっても、重要な選択になる。
受験勉強と同じく、入学金についても、用意周到に戦略を練っておくことが、選択肢を確保するためにも肝要だろう。