年齢もなにも関係ない…仕事ができないとターゲットにされる

この船にはもう1人、遠洋マグロ漁船に乗って間もない人がいました。

虎男さんといい、強そうな名前とは違ってとても優しい顔をした、気のいい人でした。50代くらいのおじさんで、マグロ漁船の経験がほとんどないのか、スナップ外し※はできても他の仕事はあまりできないし、歳も歳なので力が足りずに魚を引っ張れないという有様でした。ワニみたいに大きなサメや100キロ級のマグロも釣れるので、さすがに素人のような人には引っ張れるものではありません。
※…幹縄と枝縄(ブラン)を接続する金具であるスナップを、手作業で一つ一つ外していく仕事。マグロ漁船での仕事の7割がスナップ外しで、最初の難関といわれる。

「トラー! 何やってんだ!」

虎男さんもボースン※たちから暴言を吐かれ、いじめられていました。
※…甲板長はボースンと呼ばれ、船の甲板の上でのさまざまなことを取り仕切るマネージャーのような役職。船の中ではナンバー2のポジション。

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いじめた奴らは大ピンチ!?…虎男さんの“一般人とは違う”事情

ただ、虎男さんには普通の人とは違う事情がありました。

虎男さんのお兄さんは現役のヤクザの幹部だったのです。船が入港すると、若い衆を連れて迎えに来るといいます。

この話を小耳に挟んだとき、この船の幹部は航海中に虎男さんをいじめたケジメを取られるのではないかと密かに思っていました。

当時、私は虎男さんと仲が良く、唯一いじめの痛みを分かり合える相手でした。私はこの機会に、ボースンがヤクザの兄貴にケジメを取られればいいと思っていました。人の恨みというのは恐ろしいですね。

私も虎男さんを気遣って「ボースンは虎男さんのこといじめたんだから、兄貴に言ったらいいのに」と言いました。すると虎男さんは「俺はそういうのいいからさ」と受け流しました。

(本当にいい人だなあ。でも、もしかして兄貴に言われてマグロ漁船に乗せられたんじゃないだろうか?)

そうやっていろいろ詮索したりもしました。

マグロ漁船は仕事ができなければ鼻クソみたいな扱いを受けます。なぜなら、未熟な船員のせいで自分たちの負担が増えるからです。これができない、あれができないと言っている船員のケツを拭くのが当たり前になってしまえば、平等ではなくなる。だから仕事ができないヤツは暴言を吐かれたりケツを蹴られたりする、というのです。

彼らの理屈がわからないことはないのですが、こういったことを平気でする暴力船はまれで、普通ならここまで酷いパワハラはしません。

殴る蹴るの暴力を加えるのはほとんど幹部です。これを平の船員にやられたらさすがに黙ってはいられませんし、喧嘩が始まります。

しかし、幹部の人たちには実際に仕事で迷惑をかけているので申し訳ないという気持ちもあり、殴られても蹴られても我慢できていました。運が悪いと耐えるしかありませんでした。

菊地 誠壱
元マグロ漁船員/Youtuber