会社員として堅実に働き続け、念願のマイホームを手に入れ、子どもたちの教育も無事に終えた坂本さん(仮名・62歳)は想定通りのキャリアを歩んできたつもりでした。しかし、定年を迎えた今、思いがけない住宅ローンの負担に直面し、老後の暮らしが揺らいでいます。これから住宅購入を考えている人も、すでにローンを抱えている人にとっても、決して他人事ではない「定年後の住宅ローン問題」について、CFPの伊藤寛子氏が解説します。

理想のキャリアと暮らしを歩んできた40代~50代前半

会社員の坂本さん(62歳)は新卒で入社した電機メーカーで勤務を続け、40代後半で管理職に。60歳で定年を迎えた後も継続雇用で働いています。

坂本さんは専業主婦の妻、子ども2人との4人家族です。20年前の41歳のときに、念願のマイホームとして都内のマンションを4,000万円で購入しました。

35年ローンを組み、返済は月12万円を75歳まで。マンション購入時の年収は700万円で、年齢的に今後も収入の増加が見込めることから、決して大き過ぎる借入額ではないと考えていました。

41歳で家を買った数年後、坂本さんは管理職となり、ポジションが上がるごとに順調に収入も上がっていきました。2人の子どもはそれぞれ大学、高校進学と教育費の負担が増すタイミングを迎えましたが、収入も増えていたことで、子どもたちを希望する私立へ進学させることもできました。

住宅ローンの返済、教育費、生活費などの支出は多かったものの、それなりに余裕がある暮らしぶりに見えました。実際には家計の収支はトントン、貯蓄は増えないまま推移していましたが、赤字にならないので危機感を感じてはいなかったのです。

ここまでは、理想のキャリア、暮らしを実現し、金銭的な心配もなかった坂本さん。しかし、62歳の今、想定していなかったローン返済の問題に直面し、苦しむことになってしまっています。

その原因の1つが、55歳の時に訪れた収入の変化でした。

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収入減に次ぐ収入減で老後破綻の可能性も……

坂本さんが勤める会社では、55歳で役職定年となります。坂本さんも50代で年収1,000万円とピークを迎えましたが、55歳になると管理職手当などがカットされ、年収は3割程下がり、700万円になりました。

役職定年という制度自体は坂本さんも知っていました。しかし、具体的に意識したのは50代を過ぎてから。住宅ローンを組んだときには、そこまで考えが及んでいなかったのです。

上の子は社会人になりましたが、下の子の大学費用と収入の低下で、収支に余裕がない状況が続きました。その後、晴れて下の子も社会人となり「これから老後のために貯蓄をしていこうと意識を切り替えたときには、定年まであと2年ほど。十分な時間がないまま60歳で定年を迎えることになりました。

定年後も継続雇用で働き続けることはできましたが、給与は定年時の6割まで下がります。坂本さんの年収は約420万円、手取り額は約320万円になりました。

このように、55歳以降、坂本さんの収入は右肩下がりに減っていってしまったのです。一方で、住宅ローンはまだあと15年、約2,000万円の返済残高が残っています。

月々12万円、年間144万円の返済に加えて、マンションの管理費なども年間30万円ほど必要で、少なくとも1年に174万円は住居費だけで消えていきます。残りの月々に使える金額は約12万円と、夫婦の生活費を賄いきれません。

不足分を賄うために、退職金とわずかな貯蓄を切り崩していきましたが、このままいけば老後資金が底をついてしまうこと、さらに65歳から年金生活に突入すると住宅ローンの返済自体が難しくなることにようやく気がついたのです。

老後破綻の可能性もあると考えた坂本さん夫妻は、夢のマイホームだったマンションを手放すことも視野に入れ始めました……。