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「そうだ、京都行こう」というJR東海の有名なコピーがあります。これが生まれたのは1993年。ざっと32年前です。このコピーを見聞きするたびに思うのは、自分を含め、いったい日本人はどんだけ京都に行くことを決意し続ける気なのか、ということです。

 神社仏閣が多くて歴史があるとか、どこかしらパリっぽくて文化的とか、老舗の食事がおいしいとか、人によって京都に魅力を感じる部分は異なるでしょうが、人がリピートしたくなるのはたぶん、京都が“なんだかよくわかんない街”だからじゃないかと思っています。


祇園界隈の小路

 京都は難解なモダンアートのようなところがあります。季節ごとに印象が変わるし、一見客が踏み込めない領域も多い。とっつきやすいけど本音がさっぱりわからない人がたまにいますが、それと同じで、何度かふらりと訪れたくらいでは、京都はなかなか理解できません。

 謎めいていると、それを解き明かしたくなるのが人情です。そうして人は「こないだ行った京都、すごいよかった」とか「何度行ってもいいよね、京都」などとふんわりした会話を交わし、「そうだ、京都行こう」と永遠に決意し続けることになるわけです。

 そのようにして、性懲りもなくまたこの3月に京都を訪れました。向かったのは、京都屈指の“わかりにくい度”を誇るエリア、祇園。ここでいま、予約が殺到していると噂の気鋭の日本料理店『祇園 静水香(ぎおん しずか)』に行ってきました。

祇園の路地裏で至極の料理と酒に酔いしれる

 夕方18時前。インバウンド客でごった返す祇園の大通りを折れ、南白川にほど近い石畳の路地裏へ。芸舞妓さんが行き来し、花街らしい風情を残すこの小路に、一軒の渋い京町家が佇んでいます。これが『祇園 静水香(ぎおん しずか)』です。

 まるで老舗のような雰囲気ですが、実はオープンしたのは2024年7月と割と最近。新店にも関わらず、この店が、いま祇園でも屈指の予約困難店として注目されています。


料理長の澤田和巳さん。ペアリングコースは2万2,000円〜。この日は2万6,400円のコースをいただいた

 人気の理由の一つに、18時から一斉にスタートする11品の料理と9品の日本酒を合わせたペアリングコースの充実ぶりがあります。こだわり抜いた日本料理の一皿ひと皿に、それぞれぴたりと寄り添う日本酒が供されるのです。


あいなめと春野菜の蒸し物

 料理を手掛けるのは、京都の料亭『祇園丸山』で研鑽を積み、東京や海外のレストランでも活躍した経歴を持つ料理長の澤田和巳さん。伝統と革新が同居した日本料理には、京都を中心とした関西エリアの旬の食材が使われています。

 この日の献立は、「ほたるいかの花わさび和え」に始まり、「鯛と横輪のお造りと酒盗」、「角煮まん」、「蟹真丈と新玉ねぎ」、「甘エビの古酒漬け」、「鰆の蕗味噌焼き」と続き……


シグニチャーメニューの鯖棒寿司は海苔で巻いていただく

 そこからさらに、シグニチャーメニューの「鯖棒寿司」、「あいなめと春野菜の蒸し物」、「黒毛和牛のすき焼き」、イクラをのせて土鍋で炊いた「鯛ごはん」、デザートの「和ぷりん」に至るまでの計11品。


鯛ごはん

 どの一皿も、食材の味を最大限に活かした丁寧かつ手の込んだ逸品揃い。11品ともなるとかなりのボリュームですが、さすが一流の料理人である澤田さんが「ちゃんとお腹におさまるよう、食材の切り方から味付けまで計算しています」と言うように、不思議とスルスルとお腹に収まっていきます。

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圧巻の日本酒ラインナップ


日本酒を注ぐ店長・楠 純平さん

 しかし料理だけで終わらないのが『祇園 静水香』の真骨頂。先述の通り、これはペアリングコースであり、それぞれの料理に合わせて、厳選された日本酒が9種類サーブされます。つまり〆のごはんとデザート以外のすべての料理にお酒が付く仕組みです。

 すべての日本酒は、中田英寿さんが主宰する「JAPAN CRAFT SAKE COMPANY」と協力し合い、厳選された全国60以上の酒蔵から仕入れているそうで、いずれも入手が難しい希少なものばかり。

 例えば新政酒造が年間2千本しかつくらない最上級ライン「アストラル・プラトー」シリーズや、「十四代」(高木酒造)の「大極上生 純米大吟醸 龍の落とし子」など、日本酒ファン垂涎のレアなお酒が惜しげもなく供されます。しかも、嬉しいことにおかわりも可能です。


希少酒がズラリ。しかもおかわりもOK

 この日、供された日本酒は以下の通り。

〈1〉「鳳凰美田 ミクマリ~FLY HIGH~」小林酒造(栃木)
〈2〉「農民藝術概論(アストラル・プラトー)」新政酒造(秋田)
〈3〉「作 NOUVEAU 2024」清水清三郎商店(三重)
〈4〉「播州一献 純米吟醸 SPRING SHINE」山陽盃酒造(兵庫)
〈5〉「東洋美人 壱番纏」澄川酒造場(山口)
〈6〉「加茂錦 BRILLIANCE 酒未来」加茂錦酒造(新潟)
〈7〉「十四代 大極上生 純米大吟醸 龍の落とし子」高木酒造(山形)
〈8〉「石鎚 VANQUISH」石鎚酒造(愛媛)
〈9〉「美丈夫 鄙」濱川商店(高知)

 お酒好きならわかると思いますが、中には市場価格で1本10万円近くするものも。これで2万6,400円は、日本酒好きにとっては破格値と言えるのではないでしょうか。

 余談ですが、その日本酒を味わうグラスはハンドメイドガラスで有名な菅原工芸硝子のものだそうで、日本酒の特性に合わせて、その味わいが最も映える形状のグラスに注がれていくのがまた楽しい。


日本酒ごとにグラスを変えるというこだわりよう

 なお、21時以降はアラカルトで料理とお酒が味わえるので、これを目当てに2軒目にやってくる常連さんも多いのだとか。

 そしてこのお店、2階はお座敷になっており、祇園らしく芸舞妓さんを呼んで、お座敷遊びに興じることもできます(要予約)。普段、なかなか芸者遊びをする機会はない人がほとんどだと思うので、これまた貴重な体験ができそうです。

まとめ


夜の四条大橋

『祇園 静水香』で体験した極上の和食と日本酒のペアリングの妙に触れ、改めて再訪を誓って京都を後にしたのでした。次に「そうだ、京都行こう」と言い出す日は、意外と遠くなさそうな予感がします。

(撮影・文◎編集部)

●SHOP INFO
祇園 静水香(ぎおん しずか)

住:京都府京都市東山区清本町371-2
TEL:075-746-2442
営:12:00〜15:00(13:00LO)、18:00〜21:00(18時一斉スタート/要予約)
休:月曜