夫の“単身赴任”で別居「中国人妻」が“偽装結婚”と見なされ退去強制命令…裁判所が下した“正当な判断”とは【弁護士解説】

昨今、外国人の「不法滞在」「不法就労」が深刻な社会問題となっている。他方で、日本に暮らす外国人が、ある日突然入国管理局によって収容されたり、家族と引き離されて強制送還されたりする現状がある。

外国人に関する事件を数多く手がけてきた指宿(いぶすき)昭一弁護士は、わが国では「在留管理」だけを優先した結果、「外国人の人権」が顧みられていないと指摘する。

本記事では、指宿弁護士が過去に担当した事件のなかから、日本人と結婚したある中国人女性が東京入国管理局によって「偽装結婚」と判断され、退去強制命令を受け、夫と引き裂かれる一歩手前まで至ったケースについて、入管による判断の問題点を解説する。

※本記事は指宿昭一弁護士の著書「使い捨て外国人—人権なき移民国家、日本」(朝陽会)より一部抜粋し、再構成したものです。(最終回/全5回)

※【第4回】「生まれも育ちも日本なのに“在留資格”がない」タイ人中学生が母と引き裂かれた“理由”とは【弁護士解説】

夫が「単身赴任」し、休日だけ同居していた中国人妻

中国人の妻が、日本人の夫と仕事が休みの日だけ同居し、平日は別居していたことにより、偽装結婚と認定され退去強制を命じられたという事件がある。妻Aさんは、この退去強制命令は違法であるとして、取り消しを求めて提訴した。この事件について報告しよう。

2013年10月15日、原告Aさん(中国人女性、1953年生まれ)は夫(日本人、1947年生まれ)と日本で婚姻した。Aさんの在留資格は「短期滞在」だったので、一度中国に帰国した後、2014年11月16日、在留資格「日本人の配偶者等」の上陸許可を受けて日本に入国した。

Aさんは、来日後、夫が当時居住していた東京都新宿区のマンションで同居する予定だったが、数日間の同居の後、Aさんの長女が居住していた江東区のマンションで、長女とその長男(孫)と暫定的に同居することになった。

理由は、孫の育児を手伝う必要があったことと、夫が姪と同居していたため夫の家が手狭だったことである。夫の姪はアルコール依存症だったため、2014年5月頃から、過剰な飲酒をしないように監視する必要があったので、夫が同居せざるを得なかったのである。

Aさんは、自身の長女が2015年7月に江東区から千葉県船橋市に転居したため、同年9月に同所へ転居した。夫もその時に住民票を同所に移したが、勤務先が新宿であったことから、通勤が大変だという理由で、勤務のある日は新宿の家から出勤し、勤務が休みの日には船橋の自宅に戻っていた。夫はいわば単身赴任的な形で2つの居住地を利用していたのである。

同年11月3日、Aさんは、自宅にいるところを、偽装結婚という理由で、電磁的公正証書原本等不実記載罪(刑法157条1項)の被疑事実で万世橋警察署員に逮捕された。また、同日、夫は職場から新宿の家に連行され、そこで逮捕されたが、11月20日にAさんと夫は釈放され、12月24日、不起訴処分となった。

夫は、釈放後は船橋の自宅でAさんと同居した(なお、夫の姪は12月から生活保護を受給して別のアパートに引っ越したが、その後、肝硬変で入退院を繰り返し、2016年9月19日に死亡した)。

さらに、Aさんと夫の逮捕の約2週間後、長女も電磁的公正証書原本等不実記載罪の共犯の被疑事実で万世橋警察署員に逮捕され、孫は児童相談所に一時保護された。その後、長女も11月20日に釈放された。

なすすべもなく「不法滞在」状態に

Aさんは、2015年10月23日に東京入管に在留期間更新申請をしていたが、2016年1月14日、同申請が不許可となった。このため、同日、在留資格を出国準備のための「特定活動」に変更したが、その在留期間終了後に、更に在留期間を更新することや在留資格を変更することは認められなかった。

結局、在留期間は2016年2月13日までのまま、出国することなく不法滞在となった。

Aさんは、2016年3月7日、入管法違反(不法滞在)の被疑事実で万世橋警察署員に逮捕され、3月18日、東京入管に移されて収容された後、事情聴取を受け、4月26日に退去強制の判定を受けて東京入管の収容場に収容された。

なお、長女も、同年3月8日に入管法違反(不法滞在)の幇助の被疑事実で万世橋警察署員に逮捕され、孫は児童相談所に一時保護された。しかし、長女の勾留状は却下され、同月10日に釈放された。

「婚姻の実態」に疑いがないのに…

Aさんが収容された後も、夫との婚姻関係は継続しており、夫は現在、Aさんの長女や孫とともに生活をしていることから、婚姻の真実性には疑いはない。

東京入管ではAさんの違反調査及び違反審査が行われ、4月5日、Aさんは、出入国管理及び難民認定法24条4号ロ違反(在留期間が経過したとして強制退去の対象となる)の認定通知を受けた。4月26日には、東京入管で口頭審理が行われ、Aさんはその後、同局特別審理官から、上記認定は誤りがない旨の判定を受けた。

これを受けて、Aさんは法務大臣に異議の申出をしたが、東京入国管理局長は、異議の申出には理由がない旨の裁決をし、5月13日、同局主任審査官はこれをAさんに通知し、退去強制令書を発付してAさんを東京入管に引き続き収容した。その後8月23日にはAさんは茨城県牛久市の東日本入国管理センターに移され、引き続き収容された。

こうした経緯を経て10月36日、Aさんは、退去強制令書発付処分等の取り消しを求めて、東京地裁に提訴した。そしてその後、12月20日、仮放免された。

Aさんの入管での収容は9か月を超えていた。

退去強制に裁判所が「NO」…「同居」は婚姻の絶対的要件ではない

入管は、夫婦の同居を婚姻の真実性の絶対的な要件だと判断しているが、これは、現代社会の実情に全く合わない。

仕事の都合で単身赴任せざるを得ない夫婦は多い。それなのに、夫婦の一方が外国人の場合にだけ、その婚姻の真実性を否定して偽装結婚として扱うというのは、全く合理性のない判断である。

まして、本件は、平日は別の家に住んでいたが、土日は一緒に暮らしていたケースである。なぜ、これを偽装結婚と断定できるのだろうか。

もっとも、本件の場合、夫と姪が同居していたという事実が偽装結婚の疑いを招いたということもあるのかもしれない。しかし、Aさんと夫との関係、夫の年齢、姪の病状などを調査すれば、偽装結婚ではないことは容易に判明したはずである。

このような誤った判断のもとで在留資格の更新がされなかったAさんを、不法滞在を理由に、日本人の夫がいるという事実を無視して退去強制とした判断は明らかに誤っている。

また、Aさんの長女を、母であるAさんと暮らしていただけで、Aさんの共犯として2回も逮捕した警察も異常である。シングルマザーとして、当時1歳の子どもを養育していた長女は、子どもと引き裂かれて逮捕され、子どもは児童相談所に保護されたのである。こんなことが、なぜ、許されるのであろうか。

この事件は、2018年6月21日、東京地裁(清水知恵子裁判長)がAさんの強制退去取り消しを命じる判決を下し、Aさんの主張が認められた。判決は丁寧に事実を認定し、Aさんと夫の婚姻関係は「婚姻の本質に適合する実質を備えていたものと認めるのが相当」とした。被告である国は控訴せず、判決が確定した。

Aさんは在留特別許可を得て、家族で幸せに暮らしている。