
会社を解雇されたXさんが、それを隠して転職活動をスタート。無事転職に成功したものの、解雇を隠していた事実が会社にバレ、内定を取り消された。
Xさんは「内定取り消しは無効だ」と提訴。しかし、裁判所は「内定取り消しOK」と判断した。(東京地裁 R6.7.18)
以下、詳細を解説する。
事件の経緯
会社は、コンサルティング業務などを行っており、内定を取り消されたXさんは、いわゆるエンジニア(部下1〜3名を統括するリーダー)として稼働する予定だった。
■ 内定までの経緯
転職活動をしていたXさんは、令和4年3月、本件会社の中途採用の求人にエントリーし、履歴書と職務経歴書を提出した。
ところが、これら2つの書類に虚偽を記載。Xさんは前の会社から解雇されていたが、その事実は伏せ、平成23年から個人事業主として稼働していたことにしたのである。
第1次面接は4月20日、第2次面接は5月中旬に実施されたが、いずれもすんなりと通過。5月30日、晴れて内定を得て、働き始めるのは少し先の9月1日からとなった。(年棒550万円)
■ 経歴調査
問題はここからである。「内定後に会社がXさんのバックグラウンドチェック(経歴調査)をする」ことが、会社とXさんとの間で合意されていたため、会社はそれを調査会社に依頼。
その結果…! Xさんが過去の職務経歴について虚偽申告をしていたことが判明した。
■ 内定の取り消し
会社は社内で検討を行った結果、「個人事業主か雇用かなどは経歴の基本的な部分であり、悪質な経歴詐称である」と判断し、Xさんの内定を取り消すことを決定した。
しかし、会社は温情をみせる。Xさんに対して「内定取り消しとなるとあなたの経歴に傷がつく」旨伝え、内定辞退をするよう促した。しかし、Xさんは応じず。やむなく会社は、8月30日、Xさんの内定を取り消した。
これに不服であるXさんが「内定取り消しは無効だ」として提訴に至った。
裁判所の判断
会社の勝訴である。内定取り消しはOKとなった。
■ 内定取り消しは非常に難しい
ここでマメ知識を。一般的に、内定の取り消しは非常に難しい。なぜなら、解雇とほぼ同じだからだ。
内定という言葉からは“仮の契約”のような印象を受けるが、法律的には正式な「契約」にあたる(始期付解約権留保付労働契約)。よって【内定を取り消す=契約を一方的に破棄する】こととなり、そう簡単には認められない。
また、内定を受けた者は他の企業への就職活動をストップするので、それを取り消しされた場合のダメージは半端ない。ということで、「どんな場合に内定の取り消しがOKになるか?」について、最高裁は以下の基準を示している。
「採用内定当時、知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的に認められ社会通念上相当して是認することができる場合」(大日本印刷事件:最高裁S54.7.20)
今回の裁判所は、上記最高裁の判断をもとに、以下のケースであれば内定はOKとの基準を打ち出した。
「バックグラウンドチェックを含む経歴調査により、単に、履歴書等の書類に虚偽の事実を記載しあるいは真実を秘匿した事実が判明したのみならず、その結果、労働力の資質、能力を客観的合理的に見て誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるものとされたとき、または、企業の運営にあたり円滑な人間関係相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内にとどめおくことができないほどの不正義性が認められる場合に限り、内定取り消しはOK」
■ 内定取り消しがOKとなった理由
裁判所は、「Xさんが平成23年から一貫して個人事業主として稼働していたなどの申告をしていたにもかかわらず、バックグラウンドチェックの結果、以下のとおりウソであることが判明した」と指摘。
令和3年6月から同年11月までA社と雇用関係
同年12月から令和4年2月までは職歴の空白期間
同年3月はB社と雇用関係にあったことが判明
しかも、A社からは、コミュニケーション不足などを理由に有期雇用契約を雇い止めされており、B社からは、業務命令に従わなかったなどとして解雇されていた。
虚偽の経歴を申告したことについて、Xさんは法廷で「よく分からない理由で解雇されましたなんて言えるわけじゃないですか」と述べている。
裁判所は以上の事実などを踏まえ、「背信行為と言わざるを得ず、その背信性は高い」「故意による経歴詐称というべきものであり、詐称の態様としても、秘匿した事実がなるべく発覚しないようにとしていたと推認できるものであって、不正義である」と断罪し、内定取り消しはOKと判断した。
■ Xさんの反論
Xさんは「そもそも自らの職歴を虚偽申告したことはなく、当時の自己の認識に基づきもっとも適当と思われる対処を行っていたにすぎない」と反論したが、裁判所は「故意の経歴詐称と言わざるを得ない」と一蹴している。
また、Xさんは「私のエンジニアとしての職務能力は会社が採用内定を発し得る水準であった」として「会社の事実誤認は職務の遂行に影響のない些末(さまつ)な事項にすぎず、解約事由になり得ない」と主張したが、裁判所は「経歴調査により判明したXさんの虚偽申告の内容と、虚偽申告の動機等や秘匿した事項からうかがえる不正義性に関し、会社が、従業員としての適格性に欠けるものと判断したことに不合理な点はない」とはねつけている。
最後に
ささいな不開示があったときに内定取り消しがOKになるとは限らないが、「背信性」「不正義性」のレベルが高ければ今回のように結論付けられることがある。参考になれば幸いだ。