
東京・市ヶ谷の防衛省情報本部に勤務する現役自衛官(40代男性、3等空佐)が3月21日、高度な専門知識を必要とする部署に強制的に異動させられ、適応障害を発症したとして、約1400万円の損害賠償を求め国家賠償請求を提訴した。
自衛隊の中でも特に機密性の高い情報本部。省内各機関等から提供される情報を集約・整理し、安全保障にかかわる動向分析を行うことを任務とする部署で一体何があったのか。
「高度な専門知識」要する部署への異動で適応障害に
男性は14年間にわたり、総務人事幹部として勤務してきた。
その男性におよそ3年前、情報本部画像・地理部総務班長としての異動が打診された。しかし2022年7月、登庁したところ、事前説明とは異なるグローバルホーク(※)にかかわる部署への配属を命じられたという。
※航空自衛隊が保有する無人偵察機。最大約1万8000メートルの高高度から偵察・監視を行う。三沢基地に3機配備されている。
画像処理・分析等の高度な専門知識を必要とすることから、男性は「話が違う」として、当初打診された職への配置を求めたが、聞いてもらえなかった。情報本部の上司からは、男性に対し「要撃管制官としての勤務経験がある(から任命した)」「人がいないからしょうがない」などの説明があったという。
男性は、異動直後から登庁後に頭痛、腹痛を感じるようになり、2022年9月には適応障害と診断された。同10月からは休職、2024年2月に復職したものの、勤務場所は物品補給等のための「倉庫」とされ、さらに同8月からは自宅での「テレワーク」を強要され、現在に至っている。
原告男性「組織を信頼していたのに残念」
提訴後に都内で行われた会見には、男性と「自衛官の人権弁護団」代表を務める佐藤博文弁護士はじめ4人の弁護士も出席。
このうち種田和敏弁護士は、一連の行為の違法性を「1次、2次、3次にわたる被害」と説明した。
1次被害は虚偽の説明によって配転させられたこと。 2次被害は、改善措置等を取らず適応障害を発症するに至ったこと。さらに、3次被害は復職後に倉庫での業務を命じられ、またテレワークという名目で職場から事実上排除されていることだ。
損害賠償の約1400万円については、「適応障害で休職に至った。休職中に減給されたこと、さらに3次にわたる被害を受けたことに対しての慰謝料を求めている」とした。
男性は適応障害を発症して以来「自衛隊の中でどうにかできないか」と考えていたという。
「(省の)訓令に基づいて苦情申し立てを行い、特別防衛監察(※)にも訴えたが、調査されずそのまま放置された。致し方なく今回提訴した。組織を信頼していたのに、残念です」
※元陸上自衛官、五ノ井里奈さんが性被害を訴えたことを機に、省が2022年9月から同11月まで行ったハラスメントおよびハラスメント対応の状況調査。
本件含め5件の国家賠償請求が係争中
防衛省・自衛隊で発生したハラスメントに対しては、これまでにも国家賠償請求訴訟が提訴されている。
2023年2月には、沖縄の那覇基地に勤務していた(現在は他基地で勤務)女性自衛官が直属の上司から性的暴言を受け続けたことを理由として提訴。
また、2024年6月には、北海道の陸上自衛隊部隊に勤務する男性自衛官が部隊長の行為について内部通報したところ、隊長らに伝わり「(告発は)テロ行為だ」と責められ、不利益取り扱いを受けたことを理由に提訴している。
前出の佐藤弁護士によると、本件も含め、現在合わせて5件が提訴されており、いずれも係争中だという。
防衛省は特別防衛監察を行い、また、重点課題として省を挙げてハラスメントの撲滅に取り組んでいるが、その解決への道筋は険しいようだ。
自衛官には裁判で戦うしか「身を守る術」がない?
いざという時にわが国を守る重要な任務を担う、防衛省・自衛隊の最大の力であるべき「隊員たち」をどう守っていけばいいのか。
佐藤弁護士は会見で、「自衛官の人権裁判は、通常の国家公務員、地方公務員などの裁判とは全く違う」として、こう続けた。
「一般公務員は、人事院規則や行政不服審査法などの法的な制度が整備されて守られているが、自衛隊員にはそれがない。人権侵害などがあった場合、法的に対応する制度がない。
(被害の)当事者は行き場がない、どう解決すればいいか分からない。国賠請求訴訟という形で戦わざるをえない状況だ。
これは個別事件の問題ではなく、自衛隊、自衛隊員が抱える法律上の欠陥とも言える。(裁判を通して)その部分に光を当て、改善していきたい」