年金収入だけではゆとりのある生活が難しいいま、老後への備えは必須です。ただ、定年直前に焦って準備を始めると、取り返しのつかない事態に陥ってしまうことも……。貯金と退職金で「老後は安泰」だと信じていたサラリーマンの事例をみていきましょう。神戸・辻本FP合同会社代表の辻本剛士氏が解説します。※プライバシー保護のため、登場人物の情報は一部変更しています。

貯金と退職金でなんとかなる…老後を楽観的に考えていた陽介さん

「あと1年か……」

医療機器メーカーに勤めて36年。営業職として全国を飛び回ってきた谷口陽介さん(仮名・59歳)は、定年まであと1年です。

現在は妻と2人暮らし。ひとり息子はすでに独立し、東京都内で働いています。

陽介さんの現在の年収は750万円で、貯金は2,000万円。約1,000万円を見込む退職金で、住宅ローンを完済する予定です。

「ローンを完済してもそれなりに現金は残るし、老後は心配ないだろう……」

そう考えていた陽介さんですが、同僚の何気ないひと言で考えが変わります。

Aさん「定年後のこと、ちゃんと考えてるか?」

昼休み、いつもの休憩スペースに向かうと、コーヒーを片手に同僚のAさんが話しかけてきました。

陽介さん「まぁ、ぼちぼちね。貯金もそれなりにあるし、退職金も出るから、そこまで心配はしてないかな」

Aさん「お前、それは甘いよ。老後はとにかく金がかかるらしいぞ。元人事部長の高橋さん(仮名)いただろ? 2,000万円あった貯金が10年もしないうちにスッカラカンになったってさ」

陽介さん「え、そんなに?」

Aさん「おう。物価は上がるし、病気になったら医療費もバカにならない。年金だけじゃ足りなくなるのが普通だぞ。このままじゃ、老後破産なんてこともありえるからな」

陽介さん「……」

たしかに最近は物価高が続き、生活費は年々上がっています。Aさんの言葉をきっかけに不安を感じた陽介さんは、早速帰宅後にインターネットや書籍で老後資金について調べてみることに。

すると、Aさんの話は決して大げさではありませんでした。老後資金として3,000万円必要だという説あり、陽介さんは自身の認識の甘さにひどく落ち込んだそうです。

(広告の後にも続きます)

同僚の勧めで始めた“老後資金づくり”

翌日、陽介さんは再びAさんに相談してみました。

陽介さん「昨日はありがとな。ところで、Aは老後のためになにをやっているんだ?」

すると、Aさんは得意げな表情で言いました。

Aさん「実はな、俺は先物取引でかなり儲けているんだよ」

陽介さん「先物取引?」

聞き慣れない言葉に、陽介さんは首をかしげます。

陽介さん「それって本当に大丈夫なやつなのか? 同じ資産運用なら、NISAとか投資信託のほうが安全なんじゃないの?」

Aさん「なんだ、ビビってんのか(笑)わかった。特別に全部教えてやる」

Aさんの説明を受け、陽介さんは先物取引について最低限の知識を得ました。

しかし、陽介さんは慎重な姿勢を崩しません。それもそのはず、過去に知り合いから勧められたことをきっかけに株式投資を始めたものの、数十万円の損失を出してしまった苦い経験があるからです。

そのため、投資に対しては警戒心が強く、積極的に取り組む気にはなれませんでした。

陽介さん「なるほど、先物取引は買いからでも売りからでも入れるのか。でもこれ、結局は投資だろ? リスクもあるだろうし……」

こう尋ねると、Aさんはそんな陽介さんの態度を笑い飛ばしました。

Aさん「心配するな。とにかくこれからは景気がどんどんよくなるから、買いで入ればいいんだよ。……ほら、俺はいま500万円の利益が出てる」

Aさんが差し出したスマートフォンの画面を覗くと、たしかに約500万円の利益が出ています。

陽介さん「うわ、ほんとだ、500万円……」

慎重派の陽介さんも、思わず声が漏れます。

(長年付き合いのあるAさんがここまで自信満々に勧めてくるのだから、少しくらい試してみてもいいかもしれない)

過去の失敗もあり、まだ完全に信用する気にはなれませんでしたが、だんだんとこうした気持ちが湧き上がってきました。考えた末、陽介さんは、Aさんの話に乗ることにしました。ただし、このことは妻には内緒です。