
法律事務所で働いていた元事務員の女性が男性弁護士からハラスメントの被害に遭ったとして損害賠償や解雇無効などを求めた訴訟で、3月25日、横浜地裁は約960万円の支払いを命じる判決を出した。
「機嫌が良いときにはセクハラ、機嫌が悪いときにはパワハラ」
原告の女性事務員は2010年から横浜市(神奈川県)の法律事務所で就労を開始し、2011年頃から、80代の男性弁護士A氏からのハラスメントに悩まされるようになった。A氏の行為は「機嫌が良いときにはセクハラ、機嫌が悪いときにはパワハラ」と表現されるものだった。
原告側の主張によると、A氏は2012年に女性をサンドイッチ店に呼び出して「あなたのことが好きで仕方がないんだ」と言い、同年に「(自身に)奥さんがいなかったらあなたと結婚する」とも告げた。
さらに喫茶店で性的な小説を女性に読ませた後に「あなたのことを書いてあると思っていつも読んでいるんだ」と述べる、「40歳前後の女性は一番性欲が強くなる。そういう時はどうするんだ?」と女性に尋ねるなどのセクハラを行っていたという。
一方で、2011年頃から2019年9月までの間、A氏は平均して月に3〜4回、仕事のミスなどを理由に女性を拳骨(げんこつ)で殴っていた。殴られた箇所が皮下血腫になり、痛みが2〜3日残ることが何度もあった。
上記の暴行に加えて、「あっちへ行け。お前の顔なんて見たくない」と述べるなどの暴言や、原告があいさつや声がけをしても無視する、自分の手書き原稿にミスがあったのにその文章をパソコンで入力した女性に責任転嫁して当たり散らす、などのハラスメントを行っていたという。
女性は、A氏の息子であり事務所を親子で共同経営していたB氏に改善のための対処を求めたが、何ら改善されなかった。
女性の体調は悪化し、2019年3月にはうつ病と診断され、同年10月から休職に至った。2020年5月に労災を申請したが、同年7月に解雇され、解雇後に労災が認定される。
労災認定後、女性は代理人弁護士を通じて「業務に起因する疾病を療養するための休養期間中の解雇は無効である」(労働基準法19条)などと主張する書面をA・B両氏に送付したが、A氏は「このようなことはどこの会社でも、どこの事務所でもありうること」などと回答し、解決に至らず。
2022年7月、A・B両氏を被告として、本訴訟が提起された。
判決ではセクハラも事実と認定
判決では、原告による雇用契約上の地位確認(解雇無効)と損害賠償請求の両方について、原告側の主張が認められた。
判決後に開かれた記者会見で、原告代理人の嶋﨑量(ちから)弁護士は「無事に主張が認められ、納得できる判決だ」と評した。
認定された損害賠償金額は約961万7000円。ただし、A氏は女性の体調が悪化した2019年3月に約500万円を女性に対して支払っている。この支払いの事実については原告・被告の双方で争いがないため、嶋崎弁護士によると実際に女性が負った損害は約1460万円に相当するという。
また、パワハラの事実は労災を申請した段階で労基署により認定されていた一方で、セクハラについては認定されていなかった。
一方、今回の判決では「事務員(被用者)と弁護士(使用者)という関係性に乗じてなされ、原告に無用な精神的苦痛を生じさせたものといえるから、原告の人格権を侵害するものとして不法行為に該当する」と、セクハラの事実が明確に認定されている。
嶋崎弁護士は「多くの法律事務所は少人数の弁護士と事務員から成り、弁護士と事務員との間には力関係がある」と指摘する。
「(弁護士である)私自身も、加害者になり得る。原告女性は本当に大変な思いをした。今後こんな事態が起こらないように、弁護士業界は今回の判決を受け止めなければならない」(嶋崎弁護士)
原告代理人の嶋崎量弁護士(3月25日横浜市内/弁護士JPニュース編集部)
訴訟の過程では「二次被害」も発生
嶋崎弁護士によると、訴訟の過程で、被告側は原告女性にとって二次被害にあたるような言動を行ったという。
被告側は、女性がうつ病を発症したことは業務に起因するのではなく、女性の気質や家族関係に原因があるかのように主張していた。これらの主張は判決で否定されたが、嶋崎弁護士は「そもそも通る訳がない主張だった」と評する。
「勝訴するために一生懸命やること自体は弁護士として当然であるが、なぜ、こんな(通る訳のない)主張をしたのか。同業者として残念に思う」(嶋崎弁護士)
また、被告側の尋問の際には、代理人弁護士ではなくA氏自身が女性に対して尋問を行ったという。女性はA氏に対して恐怖を抱いているため、遮へい措置が必要になった。「被告側の代理人弁護士は何人もいたのに、なぜA氏の対応を放置していたのか」と、嶋崎弁護士は怒りを示した。
「勇気をもって第一歩を踏み出してほしい」
原告女性は「訴訟に至るまで、すごく迷った。自分が病気になって、そのことはわかっていても、第三者からどう判断されるかがわからなかった」と語る。
「友人など、いろんな人に相談したうえで、訴訟に至った。自分の言っていることが認めてもらえるのか認めてもらえないのか、結果が出るまで怖かった。
結果的には裁判所に自分の主張が認めてもらえて、感謝の気持ちでいっぱいだ。
(被告側から)自分のことを言われるのは仕方がないが、家族を巻き込むような形で言われるとは。だが、その主張も誤りであると裁判所に認めてもらえた。ここまで諦めずにやってきて良かった」(原告女性)
原告女性は、自身の被害や訴訟に関して調べていくうちに、同様のハラスメント被害を受けている人が世の中には多数存在している事実に気付いたという。
男性もセクハラ被害に遭っていること、また男性は相談のハードルが高いことも指摘したうえで、原告女性はハラスメント被害者たちに励ましの言葉を贈る。
「私はここに至るまでの間に、健康な体や時間、大切にしてきたものなどを失ってきた。
同じような被害を受けている人がいたら、私のように大切なものを失う前に、勇気をもって第一歩を踏み出してほしい。自分が悪いのか、それとも自分がいる環境がおかしいのか、判断するためにも専門家や労基署に相談してほしい」(原告女性)