
食品メーカー「ミツカン」創業家の元娘婿で、同社を解雇された中埜(なかの)大輔氏が、違法な配転命令を受けたとしてミツカンを訴えていた訴訟の控訴審で3月25日、東京高裁は控訴を棄却する判決を言い渡した。
同日、大輔氏とその代理人が都内で会見。大輔氏は「結果として私の訴えが認められず、くやしさと失望でいっぱい」と述べた。
婿入り時に役員への昇進を約束
慶応義塾大学出身で、証券会社を経て外資系銀行に勤めていた大輔氏は2013年に、当時ミツカン代表取締役会長兼CEOを務めていた中埜和英氏と妻の美和副会長(当時)の次女・聖子氏と結婚していた。
この際、和英氏側は大輔氏に対し下記の3つの条件に合意するよう要求。
①キャリアを捨てミツカンに入社する
②実家の名字を捨て、中埜の姓になる
③財産の遺留分放棄(配偶者が死亡した場合に財産を受け取れる権利の放棄)
その代わり、近い将来ミツカン役員への昇進も約束したという。
長男誕生で一転、“追い出し”始まる
結婚後、大輔氏夫婦はミツカンの英国支店に赴任。このとき、2人の間に長男が誕生した。
長男誕生の4日後、和英氏と美和氏がイギリスの大輔氏夫婦を訪問。和英氏は大輔氏に対し、大輔氏の長男を和英氏の養子とする「養子縁組届出書」にサインするよう迫ったという。
この背景には、ミツカンの歴史が大きく関わっているとされる。同社では創業以来、中埜家による男子の一子相伝で経営が行われており、代々の当主は「中埜又左衛門」を襲名してきた。
しかし、8代目である和英氏の子どもは、長女と聖子氏の2人のみで、男子がいなかった。そんな中、聖子氏と大輔氏との間に長男が誕生。以降、創業一家による“追い出し”が始まったと大輔氏は説明している。
「片道切符で配送センターへ飛ばす」
原告(大輔氏)側の資料等によると、その後は「役員への昇進」の約束をほごにする形で、大輔氏は1年間の育児休暇取得や、その間に転職先を探すよう命じられたという。
加えて、和英氏側は大輔氏に対して聖子氏との別居や、大阪の物流センターへの配転を命令。さらに聖子氏との離婚も推し進めた。これに対し、大輔氏は2015年12月、配転命令の取り消しを求める仮処分を申し立てており、2016年に認容され仮処分命令が行われていた。
この仮処分をもとに、2018年、大輔氏はミツカンに対し1億円の損害賠償を求める本件訴訟を提起。和英氏が「片道切符で(大輔氏を)配送センターへ飛ばす」と発言した録音データなどを提出していた。
しかし、2023年8月10日の一審判決(東京地裁)は「和英氏の発言は、大輔氏に活を入れるためのものであり、許容範囲」と判断。大輔氏側が敗訴した。
この地裁の判断について、原告代理人の野崎智裕弁護士は当時、次のように説明していた。
「われわれは証拠として、ミツカン側の顧問弁護士が『離婚の後に異動の話をすると、権利濫用になってしまうので、順序を逆にした方がいい』と和英氏と美和氏にアドバイスしたメモも提出しました。
しかし判決では、これがあたかも、聖子氏の離婚の相談に関するメモのように整理され、われわれの主張には触れられませんでした。
また、(仕事に関する)条件も提示せず、面談も行わず本人の希望を一切聞きもせずに、海外から日本へ異動させることを許すような判決は到底許容できず、近年まれに見る不当判決です」
「結論ありきで、極めて不当な判決」
25日の控訴審判決でも、東京高裁は「ミツカン側には、英国支店を縮小しなければならないという理由があり、配転命令は合理的な判断だった」として、大輔氏らの訴えを退けた。
野崎弁護士は「結論ありきで、極めて不当な判決」と高裁判決を評価。以下のようにコメントした。
「支店の縮小という理由はもっともらしくもありますが『背景に不当な目的、不当な動機がなかったのか』という部分こそが、本件の本質です。
裁判所は大輔氏と和英氏側の関係が悪化していったことについて、一定程度認めています。和英氏側が、大輔氏をロンドンの家から退去させたい、追い出したいという意向を有していたことも認められました。
さらに、日本への異動を『別居の方法』として記載したミツカン役員のメモには、『会社として異動の必然性を主張しきれるようにしておくことが肝要』『離婚と異動の因果関係を薄くする意味で、先に発令し、その後離婚を切り出すこともある』とも書かれていました。
普通に考えれば、こうした証拠があれば、大輔氏を長男らと引き離すための配転だと捉えるほかないと思いますが、高裁はこれらの動機と配転命令は無関係であると判断したようです」(野崎弁護士)
「日本の司法に失望、次の人生歩む」
一方、この日会見に出席した大輔氏は、高裁判決を受け「やれるだけのことはやった」とした上で、司法への“諦め”をにじませた。
「裁判では、私と家族を引き離すために、和英氏側が打ち合わせしていたことも認められています。さらに、『配送センターに飛ばせ』という明確な意思表示も証拠として残っていて、実際にその発言通りの配転がなされました。
このほかにも、ミツカンの議事録といった強力な証拠まで準備しました。こうした証拠から考えて、明らかに不当な動機による不当な配転が実施されたと認められるべきだと思います。
しかし、社員の『命令は合理的だった』という証言をただ複数並べただけの、相手の主張を認めるような日本の司法には失望しました。もう頼る気はありません。
私は今44歳ですが、まだまだやりたいことがあります。きれいさっぱり忘れて次の人生を歩みたいです」
なお、ミツカンは弁護士JPニュース編集部の取材に対し「今回の判決は、当社の主張が認められたものであると理解しており、妥当な判決と考えております」とコメントしている。