資産があるからこそ、あえて質素な生活を選ぶ――そんな意外な選択をする人々がいます。一見すると奇異に映るかもしれませんが、その生活スタイルには、単なる「節約」とは異なる深い理由が隠されていました。本記事では佐藤健二さん(仮名)の事例とともに、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が現代の富裕層の実態を紐解いていきます。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。

資産5億円でも「月3万2,000円」のアパート暮らしを選ぶ理由

50歳の佐藤健二さん(仮名)は、都内の大手企業で30年間勤め、株式投資や不動産投資で成功し、現在の資産は5億円に到達しています。過去に短いあいだ結婚していた時期もありましたが、現在は独身です。彼が住んでいるのは、埼玉県内にある家賃3万2,000円の築50年のアパート。しかも風呂なし。お金がないから仕方なく……というわけではありません。彼には、明確な理由があってこの生活を続けています。

「お金があるからこそ、自宅にお金をかける意味を見いだせないんですよ」

佐藤さんはそういって笑います。彼の住まいにはテレビもソファもなく、生活の必需品だけが揃っています。毎日ジムのシャワーを利用し、自炊は嫌いなのでしません。夕食は定食屋で一食680円の日替わり定食、もしくはコンビニで257円のサラダチキンや259円の野菜スティックを買うか、プロテイン(150円程度)だけで済ませることも。それでも、彼は満足しているといいます。

「本当に大切なのは、生活の『自由度』なんです。豪邸を持つと、掃除や維持費、固定資産税の支払いが発生する。インテリアとかにも興味がないです。うちの会社の家賃補助には年齢などの制限もありますが、通勤手当なら全額支給されます。非課税ですしね。始発駅なので座って読書や相場のチェックができて時間の無駄にもなりません。結婚はもういいです(笑)。離婚したら財産分与で半分持っていかれるし、僕にとってはメリットがありません。その負担を考えると、こういうシンプルな生活のほうが気楽なんですよ」

世間の常識とは逆行するような佐藤さんの考え方。彼には確固たる信念がありました。

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富裕層でも「固定費を抑える人」が増えている

一般的に、富裕層の生活は豪奢なものだとイメージされがちです。しかし、最近では佐藤さんのように「住居費を抑える富裕層」も増えてきています。

たとえば、近年注目されている「FIRE(Financial Independence, Retire Early)」を実践する人々。彼らは経済的自立を達成したあと、生活費を最小限に抑え、資産の目減りを防ぐことに注力します。特に日本では、マイホームを持つことによる維持費の負担が大きく、家賃を抑えて生活の自由度を高めることに価値を見出す人が増えているのです。

また、日本の平均的な住居費と比較すると、佐藤さんの選択がいかに異質かがわかります。

・東京都の平均家賃:​7万6,648円​

・埼玉県の平均家賃:​5万9,197円

・佐藤さんの家賃:​3万2,000円(風呂なし)

​(出典:総務省統計局「住宅・土地統計調査」)

確かに、富裕層ならば毎月家賃に月数十万円費やすのは難しくないでしょう。しかし、佐藤さんは「住居費を抑えることで、ほかの選択肢が広がる」といいます。​

「たとえば、住居に年間200万円使うなら、その分を投資に回せる。配当収入を生む資産を持っていれば、そのお金で世界を旅することも可能です。なににお金を使うかを考えたとき、自分にとって最も価値があるのは『住まい』ではなかったんです」