アメリカには税務専門の裁判所(Tax Court)が存在します。税金に関するトラブルが発生した際、税の分野に精通した専門家たちによって審理されるというのは、日本にはない文化です。なぜこのような機関が必要なのでしょうか? マイケル・ジャクソンの遺産に関する裁判を通じて、日本とアメリカの考え方の違いを見ていきましょう。カリフォルニア州にオフィスを構える国際税務のプロフェッショナルが解説します。

日本の財産評価、すべて「国」が決めている

日本では相続税の申告にあたり、亡くなった人の財産を時価で評価する必要があります(相続税法第22条)。預貯金の評価は比較的簡単ですが、不動産や非上場株式などの時価を正確に算出することは容易ではありません。

このような財産の評価を行うために、国税庁は「財産評価基本通達」という基準を設けています。しかし、この評価基準には問題があり、たとえば土地は路線価、建物は固定資産税評価額を基準に評価するという、納税者にとって不透明かつ一方的なルールが適用されます。

路線価は日本独特の制度であり、世界的に見ても類を見ないものです。日本では、ほぼすべての道路に相続税や贈与税のためだけに路線価が設定されています。しかし、時価とは本来、市場の需給によって決定されるものであり、国が一方的に定めるべきものではありません。

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マイケル・ジャクソンの肖像権の評価額を巡る裁判

アメリカでは、自由な経済活動を尊重する一方で、その代償として納税者と税務当局(IRS)の間で財産評価を巡る争いが頻繁に発生します。2009年に亡くなったマイケル・ジャクソン(MJ)の遺産も、その一例として税務訴訟の対象となりました。2024年に再び裁判が起きていますが、2021年にはIRSの敗訴という形で一度決着しています。

■肖像権の評価を巡る裁判…その難しさは評価額に現れた

この裁判は、税金訴訟のみを扱う裁判所(US Tax Court)で行われました。IRSが問題視したのは、MJの死後の命名権や肖像権(Name and Likeness Rights)の評価額です。

当初、MJの遺産管理団はこれらの価値を2,105ドルと申告しました。しかし、IRSはこれを過小評価だと主張し、当初4億3,400万ドル(2013年)、のちに1億6,100万ドル(2017年)へと修正し、5億ドルの追徴課税と2億ドルの罰金を求めました。

これだけ大きく評価が開いた理由は、MJ側が「晩年のスキャンダルによって肖像権の価値が著しく低下していた」と主張したことにあります。

具体的には、以下の点が挙げられます。

・2001年を最後に新作アルバムをリリースしていない

・2003年に児童性的虐待疑惑で裁判になった

・奇怪な行動が報じられ、ブランド価値が低下していた

・2009年の「THIS IS IT」コンサートでチケットは完売したが、スポンサーがつかなかった

MJ側の弁護士は、「エルビス・プレスリーやマリリン・モンロー、モハメド・アリでさえ、そのような評価を受けたことはない」とIRSの主張を批判しました。

MJの遺産は彼の亡き後に莫大な財産を生み出しました。彼の遺産の管理と運営は、80年代からMJの代理人を務めてきたエンタテイメント専門の弁護士John Branca氏とベテランミュージックエグゼクティブのJohn McClain氏です。

2009年のMJの死後以降、彼ら2人の手によってネット上で生み出された額はおよそ10億ドルといわれています。“THIS IS IT”の映画化、DVD化、ラスベガスでのショーの収益などがありますが、特に大きな額になったのがSONY/ATV Music PublishingのSony Corpへの売却です。これにより7億5,000万ドルの収入となりMJが死亡時に抱えていた5億ドルの借金を支払ってもおつりが返ってきました。