両親の借金5,000万円を返済するため、父に頼まれて17歳でマグロ漁船員となった筆者。数回の航海を経て技術と自信をつけていた筆者は、親戚のおじから「息子と一緒に2度目の遠洋マグロ漁に出てほしい」とお願いされ、渋々承諾します。菊地誠壱氏の著書『借金を返すためにマグロ漁船に乗っていました』(彩図社)より、実際にあった「遠洋マグロ漁船」の恐ろしすぎる日常と、その引き換えに受け取れる給与額を紹介します。

ヤンキー仲間を連れてハワイ沖で10ヵ月航海

両親の事業失敗による借金5,000万円を返済するため、17歳という若さでマグロ漁船員になった筆者。
近海マグロ漁船と遠洋マグロ漁船での漁を経験し、一通り仕事を覚えたころ、おじから「息子のトシユキを漁に連れて行ってほしい」と頼まれます。

親友であったトシユキと挑戦することになったのは、ハワイ沖での10ヵ月に渡る航海でした。

思わぬ昇進の話も舞い込んできた筆者は、長期間の過酷な仕事を前に「やるしかない」と意気込みます。

遠洋延縄漁を経験※し、休暇を取っていたところに、近所に住むいとこのトシユキから連絡がありました。船会社の社長をやっているトシユキの父親(私から見ておじ)から、うちのマグロ漁船に乗らないかというお誘いがあったのです。
※…筆者はこの前に3つの近海マグロ漁船と1つの遠洋マグロ漁船に乗って漁に出ていた。

社長のおんちゃんは本当にしつこくて、「せー(※筆者の呼び名)が欲しい、うちのマグロ漁船に乗せてくれ」とオヤジを口説いていました。私は「今さら近海マグロに行くのもちょっとなあ」と思い、断り続けていました。

しかもこの船は兄弟船なので、船員がみんな知り合いのおんちゃんやお兄ちゃんたちばかりです。それに地元の不良仲間も集結している感じなので、人間関係が面倒くさそうでした。これだけ知り合いばかりではかえってやりづらいし、遠洋延縄の仕事をやっと覚えたので、次行くなら遠洋と決めていました。

そしたら社長のおんちゃんは諦めたのか、今度は違うお願いをしてきました。

「せー、うちのトシユキを遠洋延縄に連れて行ってくれ」

「え? マジで言ってんのおんちゃん。俺はいいけどさあ」

トシユキとは親友のように仲がいいので何も問題はありません。彼も水産高校を卒業したので、いずれ将来は親のマグロ漁船に乗る運命です。その前に仕事を覚えるための武者修行として、私と一緒に遠洋延縄へ行かせるというのです。

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筆者に舞い込んできた“出世”の打診

これで次の航海はトシユキと一緒に行くことになりました。期間はなんと10ヵ月です。私はいいとしても、トシユキはつらかったでしょう。いきなり10ヵ月航海なんてやるもんじゃないと思います。

トシユキは見た目こそ少し貧弱そうですが、元ヤンキーで根性もあって思い切りがよく、結構大胆なこともやる男でした。頭も決して悪くはないです。

「せー、よろしく頼むね」

「トシ、本当にいいのか? 俺もおめーがいたら楽しいけどな」

トシとは一緒に水産高校の連中に立ち向かった仲です。水産の強いヤツらを引き合わせてくれたのもトシでした。それで水産高校と農林高校にものすごい数の友達ができたのを覚えています。水産高校の番長もトシの親友でした。

そんなトシと一緒に10ヵ月航海をすることになるとは縁があるなと思いました。「社長のおんちゃんのためにも、トシを一人前にしなければ」と気合いを入れました。

この船の船頭さんは、わざわざ自宅まで車を走らせて挨拶に来てくれました。港からだと車で1時間以上かかります。

「初めまして、亀清丸船頭の黒木です」

「初めまして」

親も同伴で話しました。船頭さんは小柄で色黒で中東っぽい顔をした、頑固そうな人でした。家に来るだけあって、はっきりと物を言う人でした。親父はえらく気に入ったみたいです。

「仕込みまでにその髪の色は直してきてね。みんなびっくりするから」

「あ、はい」

当時、オキシドールで色を抜いて茶色にしていて、わりと気に入っていたのですがダメでした。

そんな話をしているうちに、船頭はとんでもないことを言いだしました。

「うちで冷凍助手をやってほしいんだ」

「え、冷凍助手?」

「そう。うちの冷凍長は真面目なヤツなんだけど、その男を助けてほしいんだ」

「はい、わかりました!」

ここでまさかの昇格人事。最近ようやく遠洋の解剖を覚えたばかりなのに大丈夫か? とも考えましたが、もうやるしかないと心に決め、トシも連れていくわけだし箔もつくだろうと思い、やってみることにしました。