遺言書の中身…億の財産はどこへ
遺言書は父が75歳のときに作成したものでした。しかし、当時の財産が1億2,000万円であることが記されているのに、父の通帳をみると2,000万円しかありません。Aさんと2番目の兄は目を疑いました。
遺言書作成時に1億2,000万円あったとされる財産が、2,000万円? 15年のあいだに1億円はどこへいってしまったのだろうか……仮に1億円がまるまる残っていたとすると、1億円を75歳から90歳までの15年、1ヵ月平均で56万円も使ったことになります。両親は年金のみで日常生活は問題ないと聞いていたことを考慮すると、いったいなにに使っていたのでしょうか。
次男が口を開きます「億のお金がそう簡単になくなるかよ」「大体高齢の親が月に50万円も60万円も使えるもんか」。だんだんと口調が荒くなっていきました。
Aさんは落ち着いて「頻繁に直接会っていたわけではないけれど、確かにとても散財しているようにはみえなかったな」とつぶやき、長男のほうを向きました。異常なまでの脂汗をかいています。
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ストレス発散に通ったクラブに散財、穴埋め投資に失敗…
どうにもならないと観念した長男。蛇に睨まれた蛙のように微動だにしません。
長男は昔、付き合っていた彼女に「結婚は両親との同居が条件」と話したところ、父のあまりに古い考え方に結婚を断られた経緯がありました。当時の兄は反抗しませんでしたが、ショックとストレスで女性が優しく接客してくれるクラブに通いお金を散財するようになったようです。
自身の貯蓄が底をつきはじめ、穴埋めに投資をするもうまくいかなかったことから、偶然みつけた父の通帳等から少しずつ引き出していたと長男は告白しました。両親も知らず知らずのうちに使い込んだことで、資産は瞬く間に減っていったようです。父は通帳の隠し場所は誰にも知られていないと思い込んでいたため、通帳をチェックすることもなく、兄は長年にわたり使い込んでいました。
はじめは怒っていた次男も、両親の性格をわかっていながら長男だけに押し付けてしまっていたことに責任を感じ、口をつぐみました。Aさんも自分は逃げるばかりで、なにもいわないから1番上の兄は大丈夫なんだと勝手に思い込んだことを申し訳なく思いました。
結局、長男は肩を落としていいます「自宅を売却し、自分はアパートに住むから少しでも相続財産を兄弟でわけたい」。
Aさんと次男は「そもそも相続財産がないものと考えればいい。兄弟で争うのはやめよう」と話し合います。長年会社勤めをしていた長男には、年金が月20万円あります。今後の生活を改めれば日常生活に困ることはないと考え、自宅を売却し、兄弟で均等に相続することで合意しました。
親と同居し介護などを請け負う場合には、きょうだいでよく話し合って分担すること、親とコミュニケーションをとり、人生100年時代に即した家族のあり方を理解してもらうことも必要なのかもしれません。「たられば」ですが、もしはじめから弟たちから兄に配慮があれば、もっと多くの財産を兄弟でわけることができていた可能性もあります。
三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
代表