
「承認欲求」という、創作者にとっては切り離せない感情と向き合った村山由佳さんの『PRIZE―プライズ―』。
実在の作家や賞の逸話も散りばめられた、本好きにはたまらない一冊です。
”最大のタブー”にこそ鉱脈が埋まっている
「自分を認めてほしい」「誰かに褒められたい」。そうした誰もが持つ〝承認欲求〟をテーマに、直木賞を渇望する作家の焦燥を描いた村山由佳さんの『PRIZE―プライズ―』。
作家の業とも言える感情を題材に選んだのは、それが自身にとって「最大のタブーだったから」と話します。
「〝人に知られたくないこと〟の中に小説的鉱脈が埋まっていることが多いんです。過去に私は官能をテーマにした作品を書いていますが、それは当時の私にとってのタブーが女性の性的欲求だったから。じゃあ官能を禁じ手にして自分の内面を掘り下げたら一番恥ずかしいのは何だろう……? と考えたとき、承認欲求の激しさが浮かびました」
主人公・天羽カインは、読者人気は高いものの賞とは縁がなく、直木賞への野心と評価されない悔しさをむき出しにします。
村山さん自身は直木賞をはじめとする数々の文学賞を獲得し、既に確固たる地位を築いているように見えますが、それでも「認められたい」という思いは尽きないものなのでしょうか。
「賞のために仕事をしているわけじゃないし、満足いくものが書ければいいという方もいらっしゃるでしょうけど……。多かれ少なかれ、自分が書いているのは愚にもつかない、紙のムダみたいなものではないんだ、というお墨付きが欲しい気持ちはあるんじゃないでしょうか。作家に限らず、黙ってコツコツ自分のやれることをやって、誰にも認められず100%満足できる人はどれだけいるんでしょう? 昔はそういう感情を邪魔に思っていたけど、今はそれも原動力の一部だと考えられるようになりました」
本作では作家のリアルな日常生活も描かれていますが、村山さんもカインと同様、16年前か
ら軽井沢へ拠点を移し、愛猫たちとともに暮らしています。
「私はカインのようなおしゃれな生活はしていないけど(笑)。気が散りやすい性格なので、静かな環境で集中できるのはありがたいですね。家ではDIYや手芸、庭いじりをする時間がいちばん楽しいです。
最近は和室の壁に和紙をちぎって貼り付けて、大正時代の置屋のようにリフォームしました。DIYに限らず、今まで広く浅くいろんな趣味や習いごとに挑戦しましたが、三日坊主で終わったものもたくさん。でも、飽き性の方が人生は楽しいと思うんです」
浅草に住んでいた頃から着物を着るように。
「着つけは独学。今日は新年らしく長着に松(半衿も合わせて松笠模様を)、扇子に竹、根付に梅を選びました。帯留めは干支にちなんで蛇のモチーフに。リングは翡翠です。古着屋さんやネットで掘り出し物を見つけるのも好きです」

『PRIZE ―プライズ―』
村山由佳
¥2,200(文藝春秋)
「どうしても、直木賞が欲しい」と願う48 歳のベストセラー作家・天羽カインを主人公に、彼女を取り巻く編集者たちをスリリングに描いた長編小説。
文壇の人間関係や直木賞の選考の裏側、小説家と編集者の特別な絆……など業界の興味深いエピソードも満載です。
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“あの文体”はどこから来るのか?その秘密を解き明かす

『俺の文章修行』
著/町田康
¥1,870(幻冬舎)
文章術の本は世に数多くありますが、それが“町田康”によるものとなれば、ひと味もふた味も違うもの。独特の文体がどのような技巧で生み出されるのか。
それは多くの本を読む、覚えた語彙を使いこなせるようになる、同じ本を何度も深く読み込む……など、意外なほどに真摯でまっとう。文章力に近道はないのだと痛感させられる一冊です。
大人だからこそ楽しいときめきの人形遊び

『三國寮の人形たち』
著/三國万里子
¥2,640(トゥーヴァージンズ)
子どもの頃に慈しんでいた人形と大人になって再会したニットデザイナーの著者。
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それらの手作り服を着た人形が暮らしを楽しむ様子を、写真と物語で紡いでいく一冊。
人形たちの小さな世界を通じて、かつて感じていたひとり遊びのときめきが思い出されます。
撮影/白井裕介 文/工藤花衣
大人のおしゃれ手帖2025年3月号より抜粋
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