1980年代以降、企業の間では「顧客満足の追求」を管理することが一大トレンドとなった。顧客満足度を高めることで成功した企業もあれば、そのような経済のサービス化が社会全体の問題を引き起こすのではという懸念も生まれた。本稿では、北海道大学大学院経済学研究院准教授の満薗勇氏の著書『消費者と日本経済の歴史 高度成長から社会運動、推し活ブームまで』(中央公論新社)より詳しく解説します。

CS(顧客満足)元年以降―ヤマト運輸からユニクロまで

企業レベルでは、1980年代末から顧客満足の追求という課題が関心を集めた。その背景には、サービス経済化が進むなか、多くの企業が無形のサービスに対する品質管理の問題に直面したことが挙げられる。

実際に、日本能率協会による経営課題実態調査(1988年)では、調査に応じた6割の企業が、サービスの品質管理に関して、1人当たり売上高や人件費といった既存の生産性指標では不十分と回答し、顧客満足度指標の必要性が指摘されていた(『日経産業新聞』1988年11月16日付)。

当時、アメリカではすでに、カスタマー・サティスファクション(CS)経営という理念が影響力を持っており、調査会社によって顧客満足度指数が開発され、その調査・分析やランキングの発表というかたちで、サービス品質を数量的に評価していた。そのため、アメリカに進出する日本企業のなかから、CS(顧客満足)関連の事業や組織を立ち上げる動きが起こった。



[図表1]CS(顧客満足)関連組織を設けた先駆的な企業の事例 出所:「「顧客満足度」の旗(上)」『日経産業新聞』1991年11月7日付により作成。

[図表1]に挙げたのは、CS関連組織を設けた先駆的な日本企業の事例である。このうち、特に本田技研は、組織設立よりも前に、早くから米国でCS指標を使った業務見直しに取り組んだことで知られる(『日経産業新聞』1990年4月26日付)。その影響もあって、自動車業界による取り組みが先行しており、アフターサービスや技術サポートの精度を高めることに注力していた。

表によれば、その他の製造業の分野にも、CS関係の組織を立ち上げる動きが広がったとわかる。ここに挙げた以外でも、三井火災海上保険や東海銀行などがCS向上運動に取り組んだことが報じられている。1991年には日本能率協会が、製品・サービスのお客様満足度調査を行って注目を集めたこともあり、同年はCS元年と呼ばれた。

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CS(顧客満足)が定着した90年代後半

90年代後半になると、CS活動が定着したと言われ(『JMAマネジメントレビュー』1998年2月)、2000年代にかけて、病院の患者や役所の利用者、学校の生徒・保護者などをお客様と呼び換えて顧客満足経営の発想を取り入れる動きも広がった(『朝日新聞』1998年2月17日付、2001年9月20日付、2006年3月2日付)。

そもそもサービスには、モノの取引とは質的に異なる次のような課題がある(畠山芳雄「経済教室」『日本経済新聞』1989年11月1日付)。すなわち、サービスの生産と消費は同時に行われるため、不良サービスの事後的な代替は不可能で、また、サービスの供給は人手を介することが多いから、供給する人による品質のばらつきが生じやすい。

品質の良し悪しも実際にサービスの供給を受けた後でなければわからないため、消費者による口コミなどの評判が重要な意味を持つ。一人の顧客の一度の不満は、多くの潜在的な顧客を失うことに直結する。顧客満足の調査や指標化は、このようなサービス供給固有の課題に対応する意味を持っていたのである。