CS(顧客満足)を追求することで規模を拡大した企業

他方、より広い文脈で見て、顧客満足を徹底して追求することで、新市場の創造をともなう飛躍的な企業成長を達成した事例にも注目が集まった。東京ディズニーランドを展開するオリエンタルランド、宅配便というサービスを創り出したヤマト運輸、新業態のコンビニエンス・ストアを日本で定着させたセブン‐イレブン、SPA(Speciality store retailer of Private label Apparel :製造小売)というビジネスモデルで革新を起こしたカジュアル衣料販売のユニクロ、同様のビジネスモデルを家具販売で実践したニトリなどがそれにあたる。

当時社長として宅急便の開発に邁進したヤマト運輸の小倉昌男(1924~2005)は、「本当によいサービスとはお客様が求めることを実現すること、たとえば昼に留守の家庭があれば夕方に配達をすることだ」と語る(『Keidanren』1995年10月)。

ユニクロを興した柳井正(1949~)は、「会社は「お客様」のために存在するのが本質」で(柳井正『成功は一日で捨て去れ』新潮文庫、2012年)、「本当の顧客満足とは、お客様が欲しいと思っているものを、お客様が想像しないかたちで提供する」ことだと言う(柳井正『経営者になるためのノート』PHP研究所、2015年)。

ニトリの創業者・似鳥昭雄(1944~)は、かつて「売上と利益のことで頭がいっぱい」の頃には「ろくに利益も出ず」、しかし「「お客様第一」という方針で経営するようになってから、利益が上がり、株価も上がり、社員の待遇も改善されて」いったと振り返る(似鳥昭雄『ニトリ成功の5原則』朝日新聞出版、2016年)。

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サービス経済化の難題

これらの企業は、たしかにイノベーションを達成して新たな時代を切り拓いたが、経営学の議論では、一般に、顧客満足の追求が業績向上に結びつくとは限らないことが確認されている。

そもそも顧客満足の追求は、生産性の上昇とトレードオフの関係になりやすい(嶋口充輝『顧客満足型マーケティングの構図――新しい企業成長の論理を求めて』有斐閣、1994年)。

顧客に喜ばれるには経営資源を多く投入することが必要となる一方で、効率を追求するとサービス水準の低下につながる。多様な欲求をもつすべての顧客を満足させるには、非効率に陥ることが不可避である。高度で豊富な機能を求めるコアなユーザーの期待に応えすぎると、かえってボリュームゾーンの顧客には混乱や不満をもたらしかねない(小野譲司「顧客満足に関する5つの質問――ソリューション、価値共創、顧客リレーションシップはなにを示唆するか」『マーケティングジャーナル』27巻3号、2008年)。

加えて、満足という状態は、事前の期待に対する成果を主観的に評価したものなので、時間軸をともなって決まる。つまり、1. 顧客が事前にどのような期待を持っているのか、そして、2. 製品・サービスの購買が実際にその期待に応えたかどうか、という時間軸のもとで決まる。

そうなると、たとえば繰り返し取引が行われるうちに、顧客の期待がどんどん上昇しても、その水準をクリアし続けないと、たちまち否定的評価を受けてしまう。これは顧客満足のジレンマと呼ばれ(佐藤正弘「ずらしゆくイノベーション――顧客満足のジレンマからの脱却を目指して」『商学研究論集』22号、2005年)、ある時点の満足達成が、次の時点の期待水準を高めてしまうところに本質的な問題がある。

現実には企業間競争も行われるから、顧客満足の追求をめぐる活発な競争の展開が、市場全体の顧客の期待水準を引き上げることになる。

したがって、顧客満足の追求は、必ずしも企業成長に結びつくものではなく、時間軸で見ると個別企業の持続的成長を難しくしていく。この限界を乗りこえるには、相応の画期的なイノベーションが必要となり、先に挙げた企業はまさにその成功例と言えるが、競争のなかでその優位性が長期に発揮される保証はない。