
複雑な遺産相続の場面において、親族間での争いを回避するためには事前の準備が肝要です。多くの方に親しまれている「磯野家」をモデルケースに、揉めてしまう相続の共通点を確認していきましょう。本記事では、終活コンサルタントの長谷川裕雅氏の著書『磯野家の家じまい』(リベラル社)より一部を抜粋・再編集して、子どもがいない場合の相続とその対策について解説します。
子どもがいない場合の相続…争いの火種にも
波平は庭先で植木を剪定しながら、ふと隣の家を見上げました。その家は数年前まで仲睦まじい老夫婦が住んでいましたが、夫婦ともに他界し、今ではすっかり空き家になっています。
「お父さん、どうされたのですか?」後ろからフネが声をかけました。
「いや、隣の家のことを考えていたんだ」波平は振り返らずに答えました。「あのおじいさんとおばあさん、亡くなった後で兄弟たちが相続でもめた話を覚えているか?」
フネは静かに頷きました。「ええ、覚えていますわ。お子さんがいなかったから、財産全部を兄弟が相続することになって、それでもめたんですものね」
波平は鋏を置き、深いため息をつきました。「ワシらには子どもがいるからまだよいが、あの家の兄弟たちは、おじいさんが残した土地や財産を巡って大騒ぎだったそうだ。結局、裁判沙汰になってしまったと聞いたよ」
「そうですね……。子どもがいない場合、誰に財産を残すかをしっかり決めておかないと、兄弟や親族同士が争いになることもありますね」フネは少し寂しそうに言ました。
波平はしばらく黙った後、静かに口を開き「相続というのは、残された人たちにとって利益になるものだと思っていたが、時には争いの火種にもなるものだな。あの夫婦も、自分たちがいなくなった後で、こんな事態になるとは思わなかっただろう」
フネは波平の隣に座り、庭を見つめながら言いました。「お父さん、だからこそ遺言が大事なのですよ。自分の意思をきちんと残しておけば、残された人たちがもめることを防げますわ」
波平はゆっくり頷きながら、視線を隣の家から自分たちの家に戻し「そうだな……ワシらにはサザエやカツオたちがいるが、それでも何が起こるかわからん。あの夫婦のようなことにならないためにも、しっかり準備をしておくべきだな」
「ええ、私たちも動けるうちに準備しておきましょう」フネは優しく微笑みながら波平に言いました。
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事前に遺言作成をしておくことが大切
夫婦に子どもがいない場合、遺産相続問題はより複雑になります。
波平とフネは三人の子宝に恵まれましたが、もしも彼らに子どもがいなかった場合に波平が亡くなると、フネの他波平の兄・海平と妹・なぎえが相続人となり、さらに海平となぎえの子どもたちも相続人となる可能性があります。
海平となぎえとフネは普段から交流があるわけではないでしょうから、遺産分割協議がスムーズにいくかどうかはわかりません。
波平が「財産は全てフネに残したい」「特定の親族や施設に寄付したい」と考える場合、遺言を用意しておくことが必要です。
遠方に住んでいる海平が自宅を相続してしまうと、家の管理に興味がなかった場合に、世田谷の家が売却されてしまう可能性もあります。夫婦のみで財産を守りたい場合や、特定の目的に活用したい場合は、遺言を早めに作成しておくことが重要です。
長谷川裕雅
永田町法律税務事務所代表
終活コンサルタント