人間の寿命は、栄養状態の改善や医学の進歩によって飛躍的に延びてきました。現代を生きる私たちにとって「老後の健康問題」は、さらに重要性を高めています。本記事では、高齢者医療に30年間以上携わる医師の和田秀樹氏が、70代、80代を楽しく生きるために知っておくべき「新常識」について著した『70代、80代を楽しむためにこれだけは知っておこう!』(かや書房)より一部抜粋・再編集して、70代以降における「心身の健康」との向き合い方について解説します。

血圧・血糖値・コレステロール値の嘘:数値を下げても逆効果

数値を下げて生まれる別のリスク

健康診断の各項目において、健康に生きるための目標数値が設定されていますが、それら全てが高齢者に当てはまるわけではありません。数値を下げることで、体調が悪くなることもあるのです。

血圧、血糖値、コレステロール値は、現代の医療で「三大悪」のように言われています。これらが高いと心筋梗塞や脳梗塞、脳卒中になるリスクがあるからです。薬を飲んで数値を下げることもできますが、それによって、身体がだるい、頭がぼーっとするなどの状態が引き起こされます。また免疫機能も落ちるので、様々な病気にかかりやすくなります。

それなのに薬を飲んで、血圧、血糖値、コレステロール値だけを下げようとすることはおかしいと私は思っています。日本人の死因の第1位はがんです。血圧や血糖値を下げても、がんのリスクは減りません。それどころか免疫機能が落ちるため、がんのリスクは逆に高まるとさえ考えられるのです。特にコレステロールは免疫細胞の材料となるため、コレステロール値が高いほどがんになりにくいという調査データもあるほどです。

しかし日本はアメリカ型の医療原則を適用しているため、アメリカ人の死因第1位である心筋梗塞の予防に有効的な血圧・血糖値・コレステロール値を下げることを重要視しています。アメリカとは生活環境や病気の構造も違っているのに、アメリカ型を取り入れている。それが日本の医療の悲しい現状なのです。



[図表1]最高血圧の平均値の年次推移 出典:厚生労働省資料「令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要」


[図表2]最高血圧が140mmHg以上の割合の年次推移 出典:厚生労働省資料「令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要」

この10年間で男女ともに平均値も最高血圧の割合も減少していますが、高齢者にとっては数値を下げることが、必ずしも健康的な長生きにつながる要素だとは限りません。

※2019年より水銀を使用しない血圧計を使用



[図表3]総コレステロールが240mg/dL以上の割合の年次推移 出典:厚生労働省資料「令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要」


[図表4]nonHDLコレステロール値の平均値の年次推移 出典:厚生労働省資料「令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要」
※nonHDLコレステロール(mg/dL)=総コレステロール(mg/dL)-HDLコレステロー ル(mg/dL)

数値のみで判断せずに身体の状態を見極める

コレステロール値を下げると、それを材料にしてつくられる男性ホルモンも減ってしまいます。男性ホルモンは心身の健康の維持に必要不可欠な成分で、これが減少すると、元気や意欲がなくなります。筋力が低下したり、感情が不安定になったりもします。コレステロールは、若々しく、元気な老後を過ごすためには、とても大事で必要なものなのです。

「血圧を下げましょう」という健康指導が徹底されますが、実際はどれくらいまで下げるかは曖昧です。昭和30~40年代の日本人の栄養状態が悪かった頃には血圧150くらいでも血管が破れることがありましたが、現代では、動脈瘤がない限り、血圧が200でも破れることはありません。これは80歳を過ぎた人でも同じです。しかし、これにも個人差があります。例えば血圧180で頭痛や吐き気などがある場合は、その人にとって180は高いということになるので、血圧を下げる薬を飲むべきです。

つまり、数値だけで「異常」と判断し、薬を飲み続けるという選択は間違っているということです。数値に惑わされず、自分の身体の状態から判断するのが賢い選択です。ちなみに私の場合は、170ぐらいが頭もしっかりして体調が一番いい数値です。

これらをトータルで考えると、薬の服用にこだわらず、症状によって柔軟な対応をしたほうが、元気な70代・80代を過ごせると私は考えています。つまり、血圧や血糖値、コレステロール値を下げることは、動脈硬化には効果的ですが、それまで維持してきた活力が奪われたり、がんのリスクが高まったりするわけです。

血圧、血糖値、コレステロール値を下げる薬を飲むということは、これからの生活の質を落として生きるという、マイナスの選択の可能性が高いのです。



[図表5]日本人の死因の割合と70代以上の死因トップ3(総数) 出典:厚生労働省資料「令和2年(2020)人口動態統計月報年計(概数)の概況」

(広告の後にも続きます)

がんは切らない・治療しない:高齢者にとって早期発見・早期治療は無意味

私ががんの手術をしない理由

私は、高齢者にはがん治療は必要ないと考えています。70代以降になるとがんを患う人も増え、がんとの関わり方はこの年代にとって切っても切り離せないテーマです。そのなかで重要なポイントとなるのは、がんが見つかったときに、手術をするかどうかという問題です。私は、もしもがんが見つかったとしても、それが痛みを伴ったり、食道などで通過障害が起こらない限り、手術をして切ったりしません。

現在、がんについては、早期発見・早期治療が有効であるという考え方が主流です。中高年が早期発見・早期治療をすることには意味があると思います。しかし、70代以降であれば、早期発見・早期治療にほとんど意味はありません。

早期発見であれば、自覚症状がある人はほとんどいません。がんが発見されなければ、4~5年くらいは自覚症状のない状態が続き、これまでと同じような生活が送れます。しかし、がんが発見されて、手術をしたことで一気に身体が弱り、ほかの病気にかかったり、寝たきり状態になって寿命を縮めてしまうことはよくあります。

がんであるということを、知らないほうが高齢者にとってはいいのです。80歳を過ぎるような人は、特に必要がないと思います。歳をとればとるほど、がんの進行が遅くなり、転移しにくくなるからです。もちろん、私はがんの専門家ではありません。しかし、手術や化学療法も含め、がんの治療を受けた高齢者をたくさん見てきました。その多くの人が幸せな術後を過ごしていなかったのです。

日本のがん治療を受けたあと

日本の場合、がんの転移を過度に恐れるあまり、手術でがんだけ切除すればいいものを、がんに冒されていない臓器まで切り取ってしまうのです。若い頃であれば、それでも耐えられる体力がありますが、高齢者にはその体力がない場合が多いのです。化学療法においても、劇的に効果を見込めるものはほとんどなく、つらい副作用も現れて体力を落とします。

高齢者のがん治療は、延命につながる可能性もありますが、その後の人生はボロボロになります。私は、そういった高齢者をたくさん見てきたので断言できるのです。

早期発見と転移の確率

がんは少しずつ大きくなるので、1センチくらいの大きさになるまで一般的に検査では発見されません。もちろん、その大きさでは自覚症状もなく、いわゆる早期発見となります。しかし、がんが1センチくらいになるということは、最初のがん細胞ができてから、10年くらい経過しているものなのです。それが転移していないとしたら、さらに10年経っても大きくなることはあっても転移はしないでしょう。

逆に、発見したがんを切除しても、それが転移するがんなら、その10年間にほかの臓器に転移している可能性が極めて高いのです。1つを取っても、時間とともに別のがんが大きくなり、それがさらに広がり、再発の可能性が高いと考えます。ですから、早期発見をして手術をしたとしても、かなり厳しい状況になる可能性が高いのです。

転移するがんであれば、結局、切っても切らなくても死ぬということになります。転移しないがんであることに望みを持ち、手術をしない選択をするというのが私の考え方で、私ががんを切らないのは、こうした理由からです。

がんと一緒に生きる選択

がん治療は簡単ではありません。切るにしても、化学療法にしても、身体へのダメージは甚大で、体力も大きく落ちます。特に高齢者は、手術が成功しても、その後の生活の質を落とし、それまで元気だった人でも、一気によぼよぼの老人になります。

それでも手術をする人が多いのは、手術で身体が弱っても、手術しないよりは長生きできると思っているからです。つまり、よぼよぼになって1年でも長生きするか、数年早く死んだとしても、元気な状態を長く持続して生きるか、どちらをとるかという決断を迫られることになります(実は「早期発見と転移の確率」に書いたように、実際に長生きできるとは限らないのですが)。

これは、人それぞれの生き方の問題ですから、どちらが正解ということはありません。しかし、80歳を過ぎて臓器を切り取られてしまったら、これまでのようには生活できないことは明らかです。私が、高齢者専門の浴風会病院に勤務していた当時、毎年100人くらいの解剖結果を目にしてきましたが、85歳を過ぎた人で、体内のどこにもがんがない人なんていませんでした。歳をとればとるだけ、がん細胞はつくられてしまうのです。高齢になればみんな、身体のどこかにがんを抱えながら平気で生きているということです。

一般的に、70代や80代のがんは、中高年のがんより進行が遅いですから、放っておいても、手術した場合と同じくらい生きられる可能性があります。少なくとも、手術をしないほうが、残りの人生を元気に生きられると考えています。自分はこれからの晩年をどう生きたいのか考えておくことも、がんになったときに慌てないためには必要かもしれません。

和田 秀樹
和田秀樹こころと体のクリニック院長