
老齢年金には、通常どおり65歳から受給する方法のほか、「繰上げ」または「繰下げ」が可能です。制度自体は多くの人に知られているものの、繰り上げて早く受け取るか、繰り下げて将来の受給額を増やすか、はたしてどちらが得なのでしょうか? 事例をもとに、石川亜希子FPが解説します。
夫婦が「繰下げ受給」を選んだ理由
72歳のAさんは、預金通帳をみて天を仰ぎました。
「ああ、繰下げなんてしなければ良かった……」
残高には十分な金額が記載されているにもかかわらず、いったいなにがあったのでしょうか。
Aさんは、同い年で専業主婦の妻・Bさん(72歳)と都内郊外に暮らしています。子どもはすでに独立して家庭を築いており、現在はAさんとBさんの2人暮らしです。
夫婦そろって身体を動かすことが大好きで、テニスが趣味。2人とも既往症もなく、健康診断の結果も良好でした。
Aさんは勤務先の定年が65歳だったことから、定年後は働かずに暮らそうと考えていました。退職金を含めた預貯金と、65歳から受給が始まる年金があれば、なんとかなると思ったのです。年金受給額は、夫婦あわせて約26万円の見込みでした。
しかし、Aさんが勤めていた会社は慢性的な人手不足。部下からの信頼も厚いAさんは社長から直々に「頼むから70歳まで残ってくれないか」と懇願されました。
突然の要請に驚いたAさんでしたが、悩んだ末に再雇用で働くことを決断。年収は現役時代と比べると大きく減ってしまいますが、年金よりは断然多い金額です。
それに、Aさんにとっては「まだ役に立てる」「必要とされている」という喜びもありました。妻に相談したところ、Bさんも「あなたみたいに元気な人は、まだまだ働いたほうがいいわ」と賛成。
こうした背景から、年金受給は5年繰り下げ、夫婦そろって70歳から受給することにしました。
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年金は月11万円増…“ゆとりある年金暮らし”のはずだったが…
年金の受給開始時期を5年間繰り下げたことで、Aさんの年金は42%アップ。70歳からの年金受給額は夫婦あわせて月約37万円となりました。通常どおりの受給であれば約26万円でしたから、月額10万円以上とかなりの増額です。
生命保険文化センターによると、夫婦2人の老後の最低日常生活費は約23万2,000円、ゆとりある生活費は約37万9,000円となっています。A夫妻の年金受給額であれば、ゆとりある生活ができそうです。
A夫妻は貯蓄も豊富で、健康や体力にも自信があります。
「70歳からは妻と趣味や旅行を楽しもう」
Aさんはそんなふうに考えていました。ところが……。