思いがけないタイミングで大金を手にしたら、どうするでしょうか。努力せずに手に入れた資産は消えていくのも早いようです。本記事では田代浩二さん(仮名)の事例とともに、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が、お金の使い方の重要性について解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。

金持ち喧嘩せず!? 心に余裕ができた55歳地方銀行員

首都圏在住の田代浩二さん(仮名/55歳)は、地方銀行に30年以上勤めてきた真面目な会社員でした。家族構成は妻と大学生の娘の3人。年収は約800万円、住宅ローンはすでに完済しており、堅実に生活してきました。

そんな田代さんの人生が大きく変わったのは、ある日、父親の遺産を相続したことがきっかけでした。浩二さんには兄がおり、父親の不動産などはすべて兄が。兄の相続の相応額を浩二さんが受け取りました。相続税を支払っても約1億円が残ります。通帳には初めてみる金額が記載されており、浩二さんは笑わずにいられませんでした。

「まさか、こんな大金を手にするとは思いませんでしたよ。実家のことは兄に任せていましたが、いままで兄ばかりいい思いをしてきて妬ましかったんです。ですが、私もこんな大金を手にする日がくるとは。正直、今後の不安は一気になくなりました。金持ち喧嘩せずですね」

当時、田代さんは仕事に対するモチベーションを失いかけていました。娘を無事自立させることが最後のモチベーションとなっていましたが、お金の不安がなくなったため、「これを機に退職しよう」と決断。上司からの慰留も振り切り、あっさりと退職してしまいます。

退職後は、趣味だったゴルフや旅行に時間を費やし、自由な生活を謳歌。「ピンピンしていた親父も70代で死んでしまった。人間いつ死ぬかわからないしな。これは親父からのメッセージなのかもしれん。やりたいことは全部やっておこう」と、海外旅行に頻繁に出かけ、国内でもちょっといいホテルに泊まってリフレッシュする日々が続きます。大学を卒業する娘の卒業旅行費用もすべて負担しました。

ところが……。

数年後、通帳の残高が思いのほか減っていることに気づいたとき、ようやく彼は現実に直面することになります。

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「1億円=一生安泰」ではない現実

「1億円もあるなら、老後は安心」。そう考える人は少なくありません。実際、ファイナンシャルプランナーとして相談を受けるなかでも、「1億円あれば悠々自適に暮らせると思っていた」という声は多く耳にします。

しかし、田代さんのケースでみていくととても足りないでしょう。55歳で退職し、まだ娘の教育費の支払いも残るなか、年金受給年齢である65歳までの10年間を貯蓄でまかなうことになります。単純計算でも生活費が毎月30万円だとして年360万円、10年間で3,600万円が消えていきます。

「旅行や趣味に使った分も加えると、5年で5,000万円近くがなくなっていた」と田代さんは当時を振り返ります。

退職1年後の支出が増える理由

さらに、退職後の健康保険料についても注意が必要です。任意継続にしても国民健康保険に切り替えても、会社員時代に会社が負担していた分まで自己負担となるため、思った以上に支出が増えたように感じる人もいます。

国民健康保険の保険料は前年度の所得をもとに計算されるため、退職直後は高額になるケースもあります。特に退職年の翌年度はその影響が強く出やすいです。

また、田代さんは長年銀行に勤めていた驕りから、金融知識には自信がありました。証券会社の勧めで一部の資金を投資信託に回しましたが、市場の変動で損失を出し、数百万円が目減りしてしまいました。

「1億円がある」という安心感が、気づかぬうちに金銭感覚を狂わせていたのです。

今年は本来であれば定年退職の年になるはずでした。元同期が退職金を受け取り、これからについて考えてるなか、田代さんは5年早くフライングスタートしたセカンドライフですでに失敗してしまいました。

田代さんは家族全員を居間に集め、テーブルを囲み宣言します。「もういままでのような贅沢はできん。すまん……」妻も娘もこの5年で贅沢な暮らしがすっかり板についていました。その日は家族全員で落ち込み続けます。5年前に感じていた「お金の不安」がまた戻ってきてしまい、田代さんは一層へこみました。