「もっと結果を出せ」成果報告に“フィードバック”付き物だが…上司のダメ出しが「パワハラ」になる基準とは?

トランプ米政権で新設された「政府効率化省(DOGE)」の長官を務めるイーロン・マスク氏が、2月、連邦政府の職員らに対し「過去1週間の業務成果」の報告を求めるメールを送付した。

送付の直前、マスク氏は自身のXアカウントに「返答しない場合は辞職と見なす」と投稿。職員らに対し、対応を強く迫った。

しかし、米政府の側は「国家安全保障上の理由や機密保持の観点から、各省庁の判断で職員が回答を控えることも認められる」と説明。

米政府内での対応も分かれて混乱が生じていたが、そもそも「メールへの未返答」を理由に雇用保障のある職員を解雇することが可能だという法的な根拠も示されておらず、現状、マスク氏の通告は単なる「脅し」に終わったと見られる。

「成果報告」が人事評価に悪用されるおそれ

米政府の職員に限らず、日本の職場で働く人々にとっても「成果報告」は悩みのタネだ。

成果報告は作成に時間がかかる場合もあり、業務を圧迫するという本末転倒な事態を引き起こす可能性もある。

また、時間をかけて作成しても上司がきちんと読まないなら、部下のモチベーションは低下する。

そして労働者にとって深刻なのが、人事評価の際に成果報告が悪用されるリスク。つまり、「達成できない目標がある」「期待されていた成果を出してない」などを口実にして人事評価を減点され、昇進や給与・待遇に悪影響が生じるおそれもあるのだ。

マスク氏の通告に関しては日本でも「こんなとこで働きたくないよね、単純に。パワハラが日常」との声があった。

企業が成果報告制度を導入する中には、労働者に精神的な負担を与えても経営者がそれを気にかけず、ハラスメントにつながるようなケースもあるかもしれない。

日本の法律では、「成果報告」という制度はどのように扱われるのか。また、もし経営者が「労働者に不利益を与える」「労働者を退職に追い込む」などを目的にして成果報告を導入しようとした場合、法律にそれを防ぐ手だてはあるのか。

労働法に詳しい伊﨑竜也弁護士に聞いた。

合法か違法かは「合理性」で判断

まず「成果報告」という制度には、雇用契約における労働者の役務提供義務(「会社の仕事をする」という労働者の義務)に付随するものとして、一定の合理性が認められる。そのため、成果報告を導入すること自体は違法にならない。

一方、マスク氏が通告したように成果報告を提出しない労働者に不利益を課すためには、その旨を就業規則で定める必要がある。

ただし、会社は原則として勝手に就業規則を労働者の不利益に変更することはできない(労働契約法9条)。労働者の不利益が小さく、必要性や合理性があれば例外的に許容される(労働契約法10条)というのがルールだ。

もし、「労働者に不利益を与え、退職に追い込むために成果報告を導入します」と会社側が宣言している場合には、その制度に合理性は認められないため、労働契約法9条に反して違法となる。

「とはいえ、通常、会社側がそのような宣言をするとは考えられません。実際には『成果報告は生産性向上のために必要だ』と主張するでしょう。

そのため、結局は成果報告が導入された経緯、労働者が被る不利益の程度、実際に不利益を課せられた労働者の有無など、周辺の事情から、成果報告の導入に必要性や合理性があるか否かを判断することになるかと思います」(伊﨑弁護士)

ただし、成果報告そのものは、一般的には生産性の向上に資すると考えられている。

「したがって、成果報告の業務量が膨大である、不利益の度合いが大きすぎるなどの事情がない限り、違法にはならないと思います」(伊﨑弁護士)

成果報告が「パワハラ」になる場合

成果報告には、経営者や上司によるフィードバックが付き物だ。

しかし、「もっと結果を出せ」「成果報告の仕方がなっていない」などとフィードバック(ダメ出し)が行き過ぎ、ハラスメントが生じる場合もあり得る。

もし成果報告制度に乗じたパワハラが行われた場合、労働者はどのような対応を取れるか。

2020年に告示された厚生労働省による指針では、パワハラの認定基準が以下のように定められている。

「①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすもの」

また、過去の裁判例では、長時間に及ぶ残業や休日出勤をせざるを得ないような業務量を新入社員に課し、できなければ「こんなこともできないのか」と言って物を投げつけたりした事案で、裁判所は以下のように判示している。

「優越的立場を利用して・・・職場内の人権侵害が生じないように配慮する義務(パワーハラスメント防止義務)としての安全配慮義務に違反しているというほかない」(津地方裁判所平成21年(2009年)2月19日判決)

ハラスメントを受けたら弁護士に相談を

伊﨑弁護士は上記の指針や裁判例をふまえ、次のように指摘する。

「成果報告に対する単なるフィードバックであれば、それ自体はパワーハラスメント(パワハラ)に該当しないと考えられます。

一方で、労働者に要求される成果自体がそもそも過大であったり、フィードバックに叱責や暴力が伴ったりした場合には『②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの』としてパワハラに該当するでしょう。

そこまでいかなくても、たとえば労働者を長時間拘束し、他の業務を圧迫する程のフィードバックを続けるなどした場合も、パワハラに該当する可能性があります」

もしパワハラを受けた場合には、労働基準監督署に相談をして会社を指導してもらう、ということも考えられる。

「より確実なのは、弁護士への相談です。労基署と異なり、労働者個人の利益のため、会社との交渉や裁判を代理することが可能なためです。

また、パワハラを行ってきた上司や、ハラスメントを防止する措置を怠った会社に損害賠償を請求できる余地もあります。

証拠の収集や裁判の見通しについても、弁護士なら適切にアドバイスできます」(伊﨑弁護士)

「業務効率化」は米政府に限らず、日本企業にとっても永遠の課題だ。近年では、ジョブ型人事制度に代表される新たな制度が多くの企業で導入されている。

しかし、制度が刷新されても、不利益やハラスメントのリスクは職場に潜み続ける。企業の求めに応じて生産性を向上させることも重要だが、同時に、労働者として自らの権利を守る意識も忘れてはならない。