
年金について、満額受給が可能な65歳を基準に、受給時期を繰り上げ(繰り下げる)ことで受給額が変化することを知っている人は多いでしょう。平均寿命が伸び続ける日本では「繰下げ受給」を奨励する論調が多いように感じますが、はたして本当にそれでいいのでしょうか? 繰下げ受給を選択した67歳男性の事例をもとに年金制度のしくみと注意点をみていきましょう。FPの石川亜希子氏が解説します。
生活水準を落としたくない…「繰下げ受給」を決断したAさん
67歳のAさんは、都内に暮らす“おひとりさま”です。65歳を過ぎていますが、まだ年金は受け取っていません。
現役時代から、毎月25万円前後の出費があったAさん。「定年後もなるべく生活水準を落としたくない」と考えていたところ、年金受給開始を遅らせればその分増額した年金を受け取れる「年金の繰下げ受給」という制度があることを知りました。
「長生きすればするほど、年金が増えるのか……」
幸い心身に不調がないこともあり、長生き志向のAさんは「5年我慢すれば年金だけで暮らせる」と、70歳まで年金を繰り下げることにしました。
そのため「待機期間」である現在は毎日節約にいそしんでいます。しかし最近「あの決断は正しかったのだろうか……」と心が揺らいでいます。
年金の「繰下げ受給」「繰上げ受給」とは?
年金は原則65歳から受給開始ですが、任意で受給開始の時期を60歳~75歳までのあいだで選択することができます。
65歳を基準に、受給開始を繰り上げると年金額が月に0.4%減額され、反対に繰り下げると月に0.7%増額されます。つまり、仮に60歳まで繰り上げて年金を受け取ると、年金額は24%減額され、75歳まで繰り下げて年金を受け取ると84%増額されるというわけです。
Aさんの場合、年金の受給開始を5年繰り下げることによって、0.7%×12ヵ月×5年=42%と、年金受給額を42%アップさせることができます。これで、Aさんの70歳からの受給額は、約25万円になる予定です。
厚生労働省の「令和5年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、厚生年金の平均受給額(全世代、男性)は16万6,606円となっています。したがって、Aさんは繰下げ受給によって、平均よりかなり多めに受給できることになります。
また、総務省の「令和6年家計調査報告」では、65歳以上の単身無職世帯における家計支出の平均額は、実収入から非消費支出(税金、社会保険料など)を差し引いた可処分所得約12万1,000円に対し、消費支出は約14万9,000円、毎月約2万8,000円の不足となっていることがわかります。
しかし、年金受給額が月に約25万円あれば余裕を持って生活できそうです。
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同級生の「予想外の暮らし」に心揺らぐAさん
Aさんの気持ちが揺らいでいる原因は、先日出席した同窓会での同級生との会話にありました。
久しぶりに会った同級生のBさんと定年後の暮らしぶりについて話していると、Bさんは次のように言いました。
Bさん「俺? 俺は元の職場で週3日働きながら副業をしているよ」
Aさん「そんなに働いてたら、年金がカットされちゃうんじゃないの?」
Bさん「ああ、在職老齢年金のこと? あれは収入を調整すれば回避できるぞ」
Aさん「そうなの!? 俺はいま繰下げ待機中だから節約生活が大変でさ……」
Bさん「繰下げ? やめとけやめとけ。俺たちくらいの年齢になったらもういつ死ぬかわからんぞ? もらえるもんはもらっておかないと」
毎日節約に励む自分と、毎日生き生きと過ごしているように見えるBさん。Aさんは鬱々とした気持ちになってしまいました。