高齢者をターゲットにした特殊詐欺や投資詐欺が後を絶ちません。年金と夫の遺産で生活する宮本圭子さん(仮名・65歳)の“穏やかな日常”は、愛する娘が連れてきたひとりの男性によって“崩壊の危機”を迎えます。具体的な事例をもとに、投資詐欺の手口や注意すべきポイントをみていきましょう。辻本剛士CFPが解説します。※プライバシー配慮のため登場人物の情報は一部変更しています。

亡き夫の遺産で穏やかな暮らしが一転、娘から突然の「結婚報告」

宮本圭子さん(仮名・65歳)は、数年前に最愛の夫を亡くし、現在は年金月13万円と、亡き夫が遺してくれた3,000万円の資産で静かに暮らしています。贅沢はできませんが、毎月の支出をきちんと管理し、趣味の読書や庭いじりを楽しんでいました。

そんな圭子さんには、30歳になるひとり娘・真希さんがいます。

真希さんは、地元のスーパーマーケットで正社員として勤務。数ヵ月前までは実家で一緒に暮らしていましたが、勤務先の異動をきっかけに、半年前から1人暮らしを始めています。

子どものころからこれまで、真希さんの恋愛話はほとんど聞いたことがなく、圭子さんは「うちの子にもそろそろ素敵な男性が現れてくれたら」と、心のなかでそっと願う日々を送っていました。

そんなある日のこと。圭子さんのもとに1本の電話がかかってきました。画面に表示されたのは、愛娘・真希さんの名前です。

「もしもし、真希? 元気にしてるの?」

「うん、元気だよ」

2、3言なにげない会話を交わすと、真希さんは少し緊張したような声で、次のように切り出しました。

「お母さん、実は……私、結婚することになったの」

その言葉を聞いた圭子さんは、思わず声を上げました。

「ウソ! ほんと!?……相手はどんな人なの?」

真希さんの話によれば、婚活パーティーで知り合い、共通の趣味で意気投合したのだとか。2人のあいだにはすぐに信頼関係が芽生え、自然な流れで婚約に至ったと嬉しそうに話します。

「40歳で、名前は健太さんっていうんだけど。今度、彼を連れて帰省しようと思ってて……。お母さんにも紹介したいの」

久しぶりに愛娘に会える、しかも、その隣に立つ素敵な婚約者にも会える……2人の幸せな様子を思い浮かべると、圭子さんの胸は高鳴りました。

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初対面の婚約者におぼえた「違和感」

そしていよいよ、真希さんと婚約者に会える日がやってきました。

この日を心待ちにしていた圭子さんは、朝から落ち着かず、何度も玄関や窓の外を見ては、そわそわしていました。

「もうすぐ来るわね……どんな方かしら」

胸を高鳴らせながら待っていると、玄関のベルが鳴りました。ドキドキしながらドアを開けると、変わらない娘の姿と、婚約者・鈴木健太さんの姿が。

「初めまして、鈴木です。今日はお時間をいただき、ありがとうございます」

にこやかにそう言い、頭を下げた健太さん。一見すると礼儀正しく、好印象な雰囲気を漂わせていますが、圭子さんはその姿を見た瞬間、ふとした違和感をおぼえました。

たしかに、彼はスーツを着ていました。けれども、その姿は一般的な会社員のような落ち着きとはどこか異なり、圭子さんの目にはどうにも不自然に映ります。

手首にはいかにも高そうな腕時計をギラリと光らせ、足元の革靴も完璧に磨き上げられています。髪型もきっちりとセットされているものの、耳には小さなピアスが光っており、無理に若作りしている印象を受けました。

さらに、リビングに招き入れたあとも、その違和感は続きます。

健太さんは終始笑顔を絶やさず、丁寧に話してはいましたが、ところどころで敬語が崩れ、不自然な言葉遣いが混じっていました。

話を聞くと、2人が出会ったのはわずか3ヵ月前。もう少し相手のことを知ってからでもいいのではと思った圭子さんでしたが、真希さんは母の心配を意に介さず言いました。

「私と健太さんとは、運命の出会いだったの!」

真希さんは、健太さんにゾッコンの様子です。

まるで大物歌手…我慢の限界を迎えた圭子さんのひと言

鈴木さんとの初対面から、およそ1時間。

圭子さんは、当たり障りのない世間話をしながらなんとか平静を装っていましたが、心の奥ではずっと引っかかるものを感じていました。

(曖昧なまま済ませるわけにはいかない……)

失礼を承知で、圭子さんは思い切って口を開きました。

「あなた、なにをされている方なの?」

まるで和田アキ子さんのように、ぐいっと踏み込んだ質問を投げかけます。すると一瞬、健太さんの笑顔が硬直。そして、少しだけ視線を泳がせながら、こう答えました。

「ええ、まぁ……個人で投資などをして生活しています」

はっきりとは職業を名乗らない、曖昧な返答です。この瞬間、圭子さんのなかで、疑念が確信に変わりました。

(これは詐欺ね! そうに違いない……私の財産も狙われているかもしれないわ!)

第六感が強く警鐘を鳴らします。いてもたってもいられなくなった圭子さんは、なんとかこの場を切り上げようと決意しました。

「ごめんなさい、ちょっと体調が悪くなってしまって……今日はもう休ませてもらうわね。続きはまた今度でもいいかしら?」

そう言って、顔色を曇らせながら2人を早めに帰らせることにしました。