
厚生労働省のデータでみても、同居期間が長い夫婦の熟年離婚が増えています。老後を迎えてから想定外の離婚によって、もともと考えていたプランを変更せざるを得ない状況に陥ることも少なくありません。本記事ではAさんの事例とともに熟年離婚がライフプランに与える影響について、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が解説します。
現役時代はつかず離れずの共働き夫婦
Aさんは元国家公務員。定年後、再任用制度で65歳まで働いてきました。Aさんの夫も国家公務員で65歳の同級生。Aさんと同じように再任用制度で65歳まで働きました。
Aさん夫婦は、いわゆる職場結婚です。お互いに転勤の多い職種だったため、現役時代は2人とも転勤が多く、ときには単身赴任となることも。そのためか、結婚していてもすれ違いが多く、独身時代とさほど変わらない生活だったのかもしれません。いつまでも恋人同士気分でいられた、ともいえます。逆に「ただの同居人」「なんのために結婚したのだろう?」という雰囲気も漂っていました。そのため、定年まで住居は賃貸で家賃は折半。食事は各々でというスタイルです。
定年を迎えたとき、Aさんが「転勤がなくなったから、終の棲家としてマンションを購入したい」と提案しました。ところが夫は「いまさら買っても……。もっと高齢期になったときに介護が必要になる可能性を考えると、賃貸のままでいいと思う」と反対。
Aさんは、いままでの賃貸マンション暮らしでは贅沢をすることなく、定住生活のために貯蓄していました。インテリア等を自分の好みにしたいという願望もあり、夫が住宅購入を反対するのであれば、自分で購入するからと提案します。
夫はいままでどおり家賃分の月10万円をAさんに払うことで合意し、Aさんは念願のマンションを購入しました。令和6年12月内閣官房内閣人事局が発表した「退職手当の支給状況」では、国家公務員の常勤職員を勤めた場合、定年退職の退職手当平均支給額は2,147万円です。さらにAさんは退職後のためにコツコツと貯蓄をしてきたため、資産は退職金を合わせて6,000万円あります。
月10万円の徴収に賛同した夫は、都内のいままでとあまり変わらない場所であれば特に住居にこだわりもないと、妻のAさんに一任しました。そのためAさんは中古ですが、きれいにリフォームされ、セキュリティ対策が施されている5,500万円のマンションを思い切ってキャッシュで購入することにしました。
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定年退職祝が地獄絵図と化す
Aさんは、60歳で初めて念願の住宅を購入し、自分の貯蓄をほとんど使い果たしました。しかし、夫からの家賃と5年間再任用で働く給与、その後は夫婦で月額38万円の年金(老齢基礎年金満額83万1,700円と老齢厚生年金(共済組合)140万円)もあるため、問題ないと思っていたのです。
65歳でいよいよ退職というとき、珍しく夫から「60歳ではなにもしなかったから、65歳に定年退職祝いでお互いを労う旅行にでも行かないか」と持ちかけられます。Aさんは喜び、金沢にある高級温泉旅行に行くことになりました。しかし、そこに待ち受けていたのは……。
高級ホテルで温泉に入り、部屋でゆっくりと豪華な食事をし、Aさんが「いままで2人で頑張って働いてきてよかったね。これからは2ヵ月に1回ぐらいは旅行に行けるかしら?」と今後について話していたところ、夫はいつになく、神妙な面持ちで1枚の紙を出しました。
Aさんに感謝しつつも、夫は「自分にとってあなたは妻というより、気の合う同僚という枠を超えることができなかった。結婚しても気持ちが変わらず申し訳ない。この旅行で仕事との縁をきって再出発を考えている」と告げます。
差し出された紙は離婚届。Aさんは夫と自分の関係を夫婦と思ってきました。夫の告白に納得できません。さらに夫は、「悩んだが自分は地元に戻ってゆっくり過ごそうと決めた。昨年、同窓会で地元に戻ったとき、まだ独身でいた同級生の女性とお付き合いをはじめたい」というのです。「だから、マンションの購入に反対したの……」Aさんにとっては、労いだったはずの高級温泉旅行が地獄絵図と化しました。
定年退職を機に、離婚を切り出されるケースとして、「内閣府の男女共同参画白書 令和4年版」より、夫婦関係が破綻した理由では、「性格の不一致」が男女とも最も多く、女性では続いて、「精神的な暴力」、「異性関係」、「浪費」となっています。
厚生労働省の「令和4年度 離婚に関する統計の概況」によると、同居期間別にみた離婚の年次推移から、同居期間が「20年以上」の割合は上昇傾向にあり、2020年には21.5%となっています。同居期間が長いということは、熟年で離婚する人が多いと考えられます。