年金だけで暮らすことが難しい現代の日本では、定年退職後も再雇用で働く人が増えています。またそのなかには、将来の年金受給額を増額させるため、年金繰下げ受給を選択する人も少なくありません。ところが、いざ繰り下げた年金の受給が始まると、想定よりも増えていないケースも……。いったいなぜなのでしょうか。70歳男性の事例をもとに、年金制度の“落とし穴”についてみていきましょう。FPの石川亜希子氏が解説します。

70歳まで働く+年金繰下げ受給で“盤石の老後”のはずが…

「70歳まで働くから、年金は繰り下げて将来の受給額を増やそう」

都内のマンションに1人で暮らすAさん(70歳)。5年前、65歳の定年時に「年金繰下げ受給」を決意しました。

30代で結婚と離婚を経験し、Aさんはそれ以降ずっとおひとりさま。そのため、給与は“あればあるだけ使ってしまう”暮らしを続けています。多いときは年収も1,000万円を超えていましたが、そのわりに貯金はいつまでも少ないまま。現役のうちになんとか自宅のローンを払い終え、ホッとしていたくらいです。

年金受給見込額は月に約21万円と、Aさんにとっては心もとない金額でしたが、幸い65歳以降の再雇用でも年収約660万円で働けることに。

そこで、「70歳までは働いて老後の生活費を貯める。かつ、年金も5年繰り下げることで、70歳からの受給額を約30万円に増やそう」と考えました。

「なかなかよいプランだ」と自画自賛していたAさんでしたが……。

待望の5年後、まさかの「年金受給額」に愕然 

そして、計画どおり70歳まで勤めあげ、退職。ところが、ようやくもらい始めた年金は、予想よりもずっと少ない金額でした。

「こんなに長く働いて、年金も繰り下げたのに、どうして……?」

愕然としたAさんが急いで年金事務所に相談に行くと、職員からは次のように告げられました。

「落ち着いて聞いてください。Aさんの収入は、在職老齢年金制度の一部支給停止に該当しています。この在職老齢年金制度は、年金受給の繰り下げ待機期間中でも対象となるのです」

「いやいや、なにかの間違いでしょう。だって、年金を受け取りながら働いていたわけじゃないんですよ!? それなのに、なぜ……」

Aさんは必死に訴えますが、窓口の担当職員は申し訳なさそうに顔を伏せるだけ。重い足取りで年金事務所を後にするしかありませんでした。

Aさんは在職老齢年金制度を把握しており、年金を受給していない(=年金を受け取りながら働いているわけではない)から関係ないと思っていたのですが……。

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年金の「繰上げ受給」と「繰下げ受給」

日本の公的年金は、すべての人が加入する国民年金(老齢基礎年金)を土台とし、その上に会社員や公務員が加入する厚生年金(老齢厚生年金)がある「2階建て構造」になっています。

年金は原則65歳から受給開始です。ただし、受給開始の時期は60歳から75歳の間であれば自由に選択でき、65歳よりも前に受け取ることを「繰上げ受給」、66歳以降に受け取ることを「繰下げ受給」といいます。

受給額は65歳を満額として、繰り上げた場合は月に0.4%ずつ減額され、繰り下げた場合は月に0.7%ずつ増額されます。

つまり、仮に60歳まで繰り上げて年金を受け取ると年金額は24%減額され、75歳まで繰り下げて年金を受け取ると84%増額されるということです。

Aさんが70歳まで5年間受給を繰り下げると、年金は42%増額されることになります。そのため、Aさんは当初の受給予定額約21万円から約30万円に増額されると考えていたのですが、実際はそんなに増えてはいませんでした。なぜでしょうか?