うちの親に限って――そう信じる子どもは多いかもしれません。しかし、着実に歳を重ねる親は、時に思いもよらない困難に直面し、誰にも言えずに苦しんでいることもあります。そんな現実を知った時、私たちは初めて「親の老い」を実感するのではないでしょうか。本記事では、Aさん(仮名)の事例とともに、親の老後に起こりうる金銭トラブルについて、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が解説します。

決まって「大丈夫」の父

Aさんは姉と二人姉妹。大工として、長年現場の第一線で活躍していた父は、腰痛の悪化を理由に、75歳で引退を決意したようです。母が亡くなった当初は、ほとんど家事をやらない父の一人暮らしに不安を抱いていたAさん。しかし、帰省のたびに意外にも順調そうな父の暮らしぶりをみて、「ごみ屋敷になってなくてよかったね」と、姉と笑い合っていました。

個人事業主だった父の年金は、国民年金部分の老齢基礎年金(月6万円)しかありません。しかしAさんは、生前貯蓄を頑張っていた母の通帳に2,500万円の預金があることを確認済み。父の年金生活を案じていた姉妹でしたが、通帳の預金額から、老後の生活もなんとかなりそうだと話していたことを覚えています。

そう頻繁には帰省できない実家

Aさん姉妹はそれぞれ結婚したあと、都内で暮らしています。実家は隣の県ですが、Aさんは無免許、姉はペーパードライバーのため、実家に帰る際の移動手段は主に電車とバスです。しかし電車では乗り換え等で2時間かかるため、帰省は年に1、2回程度。普段はSNSや電話で連絡をとりあっていますが、「お父さん、ちゃんとご飯食べている? 体調は大丈夫?」とAさんが聞いても、父は決まってひと言「大丈夫」と返すだけです。

子どもの受験が無事に終わったAさんは、報告を兼ね、久しぶりに帰省しました。家の中はいつもどおり変わりなく、なにごともないようにみえます。しかし、Aさんは父の様子にどこか違和感を覚えました。

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父の預金通帳の中身

引退を機に父自ら取り付けた手すりをつたいながら歩く85歳の父の姿に、現役時代の面影はありません。Aさんは父に、今後Aさんか姉の家で同居するか、施設に入居するか考えないといけないかもしれないと思いました。「お父さん、そろそろ一人暮らしは厳しいんじゃない?」と聞いてみました。しかし父から返ってきたのは、相変わらず「大丈夫」のひと言。Aさんは、父に聞くより姉とそのうち相談したほうがいいかも……と思い直します。

子どもの合格祝いにお寿司の出前をとり、久しぶりに家の中が賑やかになったと喜ぶ父は、孫の合格祝いを近くの金融機関で引き出してくると通帳を出してきました。父がトイレに立った隙に、興味本位で通帳を覗いたAさんは……「え?」思わず声をあげました。

通帳の残高がやけに少なくなっているのです。記帳欄をみると、合計1,000万円がなくなっているようです。「85歳のおじいさんが1,000万円も使う!? なにかあったんだわ!」腰を抜かすほど驚いたAさんでしたが、取り乱さないように心掛けながら、なるべく冷静にトイレから戻ってきた父に聞きました。

父がいうには、かつての仕事仲間から、高齢者が一度に多額の現金を引き出すことができなくなっていることを知ったのをきっかけに、いざというときのために毎月定額を引き出し、タンス預金にしていたとのこと。しかし、老人会の集まりでタンス預金の話をした数日後、金融機関の営業を名乗る人が自宅に訪れ、「タンス預金は物騒だから、高齢者でも一度に引き出せる口座に移しておくように」と勧められます。丁寧な説明に信じ込んだ父は、指定された口座に現金1,000万円を移したというのです。

「まさか父が詐欺被害に遭うなんて……」Aさんは複雑な思いを抱えました。父は、近々家をリフォームする姉を援助するため、営業を名乗る人に連絡した際、詐欺被害に気付いたそうです。いつまで経っても電話は繋がらず、不審に思い確認したところ、口座もなくなっていました。父は、子どもたちに心配かけてはいけないと、被害に遭ったことを黙っていたといいます。