普段はなんの問題もないようにみえる家族関係。しかし、その水面下には、親の介護負担の不均衡や、きょうだい間の小さなわだかまりが眠っていることがあります。そうしたみえない火種に、油が注がれたとき、家族は「争族」という名の時限爆弾に直面します。本記事では、Aさんの事例とともに、相続トラブルの実情を社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が深掘りします。

揉める財産はないはずが…

Aさんの父は78歳で亡くなり、現在90歳の母は10年以上、田舎で一人暮らしを続けていました。次男であるAさんは都内近郊に、Aさんの兄は都内にそれぞれ家庭を持っています。小さな工場に勤務していた父が遺した財産は実家の土地家屋とわずかな現金のみ。そのため、「相続税の心配もないだろう」と、特に手続きはせず、母がそのまま暮らしていました。

高齢の母を案じ、Aさん夫婦は頻繁に帰省しては、オレオレ詐欺に騙されないよう声を掛けていました。一方、兄夫婦は子どもがいませんが、仕事が忙しいなど、理由をつけては母と距離を置いていたようです。

父の葬儀の際、兄の妻である義姉はこう言い放ったことをAさんは忘れていません。

「こんな不便な土地は大した価値もないわ。義理母が亡くなってもなにも相続財産がないから、面倒みるのも私は嫌だからね」

その言葉どおり、兄夫婦が実家を訪れることもありません。母自身も「うちは財産がないから揉めごととは無縁よ。あの人(Aさんにとっての義姉)には世話になりたくないから、いざとなったら施設に入れてちょうだい」と話しており、Aさん夫婦もそう信じ込んでいました。

静かだった故郷にまさかのブーム

しかし、その“価値のない”はずの田舎に、思わぬ転機が訪れます。

水のきれいな実家は、時期になるとたくさんの蛍が現れます。近年、日本の古き良き田舎として、SNSなどで、「隠れ蛍の名所」などと騒がれるようになったのです。それに伴い、外国人観光客が急増。宿泊施設や飲食店などが次々開業し、静かだった故郷は、にわかに開発ブームに沸きます。

やがて、母が暮らす実家にも「宿泊施設を建てたい」と開発業者から土地買い取りの話が舞い込みました。提示された金額は、想像をはるかに超えるものでした。

「住み慣れた家を離れるのは寂しいけれど、老い先短い人生だから、これを機に家を売って施設に入るのもいいかもしれない」そんな母からの相談を受けたAさん。

Aさんはできれば母を引き取りたいという気持ちがありましたが、共働きで、家も広い家とはいえません。受験期の子どもがいるため、母を引き取ることは難しい状況でした。せめて環境のいい施設を探そうと動いていたところ、大きな問題が発覚します。

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売却を阻む「10年越しの問題」…不動産名義が父のままだった

いざ土地を売却しようとした矢先、実家の不動産が10年以上も前に亡くなった父の名義のままであることが判明したのです。

2024年4月1日に相続登記を義務化する法律が施行され、家を相続した際の名義変更は相続人の義務となりました。父が亡くなった際、父名義の持ち家を母が相続する場合、母はその不動産の所在地を管轄する法務局に相続登記を申請して、不動産の名義を父から母に変更する必要があります。

しかし、不動産登記に相続人である兄の協力は不可欠です。「土地が高値で売れると知ったら、兄さんたちはどう出るだろうか……」Aさんの胸に、一抹の不安がよぎります。