「人生100年時代」、定年後に資格や経験を活かして独立・起業することは、多くの人にとって魅力的な選択肢です。しかし、その希望に満ちた船出のすぐ先には、経験の浅い起業家が陥りがちな数多くの罠が待ち受けています。本記事では松尾さん(仮名)の事例とともに、定年退職者の起業も餌食とする「ひよこ食い商法」の手口を、ニックFP事務所のCFP山田信彦氏が解説します。

定年退職を機に資格取得、起業も…

地方都市にある中堅メーカーの総務部部長だった松尾さん(仮名)。60歳で定年退職したあとは、5年間の再雇用契約期間もしっかりと勤めあげました。松尾さんは自宅の住宅ローンを完済し、2人の子供はすでに独立済みですが、ローン返済と教育費支出期間が重なったこともあり、預貯金は1,000万円程度しかありません。

しかし、気持ち的には余裕がありました。というのも、昨年、法律関係では中堅難易度といわれる、ある国家資格に3度目の受験で合格を果たすことができたのです。

人生100年時代といわれるなか、松尾さんの計画は万全です。まず、夫婦ともに公的年金の受け取りを5~10年遅らせることで42~84%増額させる予定です。さらに松尾さん自身は、65歳退職と同時に自分の事務所を立ち上げて、少なくとも60代後半から70代前半までの基本生活費程度をその収入で賄う考えでした。

松尾さんは試験合格後、早々に法務局などで必要な書類を集めて、地元の資格者団体に登録を済ませました。登録料、入会金、年会費などで15万円近い出費となりましたが、登録は法律で定められていることなので仕方がありません。自宅の一部を改装して事務所の看板を掲げたときの高揚感を、松尾さんはいまも忘れることができません。

松尾さんが取得した資格で対応できる守備範囲は、各種許認可の申請代行業務から会社設立などの法人関連業務と幅広いのですが、松尾さんは相続での遺言書や遺産分割協議書の作成支援をメイン業務とすることに。数年前に自らも親の相続を経験したことから、活かせると踏んだためです。

――しかし、開業してから3ヵ月が経過しても、松尾さんの事務所には顧客からの問い合わせがまったく来ませんでした。

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お客の代わりに連絡を寄こしてくるのは…

ある日、久しぶりに松尾さんの携帯電話が鳴りました。

「松尾先生でいらっしゃいますか?」電話はホームページ作成会社からでした。たとえ相手が業者であっても「先生」と呼ばれることに悪い気はしません。

松尾さんの事務所ホームページは市販ソフトを使った自作のもの。先方はそれに気が付いているようです。「集客に魅力的なホームページを持つことは不可欠です。そこでの初期費用を惜しんではいけません」と説明してきます。

冷静に考えれば、「そんな集客力のある制作会社がなぜ自社ホームページで勝負せず、電話営業をしてくるのか」と考えることで、その実力もわかるものでしょう。しかし、焦りを募らせている松尾さんにはそこまで考えがおよびません。結局、ホームページの全面改装にSEO対策(Search Engine Optimization=検索結果で上位表示を目指す施策)のオプションも加え、初期費用として60万円、その後の月額運用プラン(5万円/月)で1年契約を結びました。

納期まで1ヵ月程度かかるなかで、松尾さんは別途何度も営業をかけられていた「売れる士業になるための集客塾」なる情報商材も購入。こちらは12時間の動画視聴に「塾長」との合計2時間のオンライン面談がセットとなり、合計30万円かかります。パンフレットには、多くの「塾生」が受講後に月50万円以上を稼げるようになったと、「喜びの声」で溢れていました。

しかし実際に受講してみると「顧客に共感する傾聴力を鍛える」「ニッチ分野に特化する」など、手垢が付いたような内容ばかりで特に参考にならず、松尾さんは悶々とします。

ホームページも完成したところで、問い合わせ欄から連絡をしてきたのは(松尾さんは後日その名称を知ったのですが)、「プラットフォーム商法」業者です。松尾さんのような士業専門家と、経理、人事労務、福利厚生、各種行政手続きなどを外注している、主に中小企業とをマッチングさせるサイト運営者でした。契約期間は最低1年。月4万円の費用が掛かりますが、松尾さんは藁にも縋る思いで登録しました。