老後に手にする退職金や相続金。それは夢を叶える最後のチャンスである一方、生活を守る最後の安全網でもあります。本記事では、波多FP事務所の代表ファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が中川さん夫婦(仮名)の事例とともに、老後の夢の叶え方について解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。

その決断は「幸せ」か「後悔」か

71歳の元会社員の中川さん(仮名)。若いころから勤勉に働き、親の介護をしながら堅実な人生を歩んできました。結婚はせず、フルタイム勤務を長く続けられなかったこともあり、退職後の年金額は月7万円。貯金もほとんどなく、食事は質素、旅行も日帰り程度がせいぜいという「贅沢とは無縁」の生活でした。

そんな中川さんのもとに、思いがけない出来事が訪れます。父親の死去により、相続人として現金700万円を受け取ったのです。

「私はもともと地味な性格で、大きな夢なんて見たこともなかった」。そう思っていた中川さんの脳裏にふと、行きつけの居酒屋のトイレに貼ってあった「世界一周クルーズ旅行」のポスターが浮かびました。

「これまで我慢ばかりしてきた。親の介護も終わり、自由になったいまだからこそ、自分のために使いたい」

そう心を決め、中川さんは費用600万円を超えるクルーズ旅行に申し込みました。残りの100万円ほどで帰国後の生活をやりくりすればいいと、このときの彼女は考えていたのです。

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豪華な世界旅行と、その後に待っていた現実

出発した瞬間から、中川さんの心は高揚しました。豪華客船の中で出されるフルコース料理、夜ごとに催されるショー、甲板から眺める水平線。寄港地では、イタリアの歴史ある街並みや、南米の雄大な自然、アジアの賑やかな市場を堪能しました。

「これまでの人生で一番楽しい時間だった」

旅先で出会った友人と写真を撮り、毎日のように日記を書き、自分が“世界の一部”であることを実感できたといいます。

しかし、夢のような時間を終えて、日本で待っていたのは厳しい現実でした。残っていた100万円は、数ヵ月の生活費と税金・医療費であっという間に減少。結局、頼れるのは毎月の年金だけという生活に。

「旅行のあいだは夢のようでした。わかっていたことですが、現実に戻ったら、なにも残っていなかったんです」

旅行で得た思い出は確かに宝物ですが、残高がほとんどゼロになった通帳を眺めるたびに、不安が押し寄せてきました。切なくなるので、旅のフォトアルバムも、もう開けません。特に持病の通院や薬代の支払いが重く、「もし長生きしたらどうなるのだろう」という恐怖を感じるようになりました。