「先輩の引退式があって……」バイク用品を万引きした少年に、店長が“愛ある一喝”を放ったワケ


写真ACより

 こんにちは、保安員の澄江です。

 ロシアによるウクライナ侵攻が現実となってしまい、現地の戦況報道を目にするたび、胸が痛み不安な気持ちに襲われます。ロシア軍による大量虐殺は、あまりに冷酷で、理由や背景はどうあれ決して許せるものではありません。

 我が国においても、北方領土や尖閣諸島の領有権をめぐる争いが存在しており、いつミサイルが撃ち込まれても不思議じゃない気持ちになりました。保安員引退後、ひとり静かに余生を過ごすプランを台無しにされてしまえば、自分の人生を否定されるに等しく、被害妄想を膨らませては戦々恐々としています。ウクライナの方々がおかれている現状を思えば、まさにそのような状態に陥れられており、あまりに悲惨でお気持ちを察することすらできません。また、各国による重い経済制裁を受けながら暮らすロシア人の苦しみも相当に深いはずで、一刻も早い停戦を願うばかりです。

 そんな中、日本国内は年度末を迎え、卒業シーズンが到来しました。この季節になると、きまって若い人たちの犯行が増え、その対応に苦慮します。犯罪にも季節感を感じさせるものがあり、時節に沿った警戒が必要なのです。今回は、先輩の卒業を祝うために万引きした人たちのことについて、お話ししたいと思います。

 当日の現場は、東京の外れに位置するホームセンターD。東京都内とは思えぬ、緑豊かな街にある巨大店舗です。ワンフロアの広大な売場には、ネジ1本からペットの生体まで無数の商品が陳列されており、どこで何を盗まれてもおかしくない現場といえるでしょう。この日の勤務は、午前11時から午後9時まで。私鉄とバスを乗り継いで、自宅から1時間半ほどかけて現場事務所に到着すると、どことなくアルコアンドピースの平子さんに似た長身のイケメン店長が出迎えてくれました。

「今日はよろしくお願いします。最近、この辺の暴走族っていうか、若い子のバイク集団が、ウチの休憩所をたまり場にしていて困っているんだよね。万引きしているかはわからないけど、今日も来ると思うからさ、店の中に入ってきたら見てもらえる?」

「承知しました。何時くらいに、どれくらい集まりますか?」

「4~5人の集団なんだけど、いつもバラバラに来ているね。早いときには4時くらいから集まってくるかな」

 万引きは、少年の犯罪。そんなイメージがあるかもしれませんが、ここ数年、少子化の影響もあってか、少年万引きは減少しています。おそらくは、得られる利益と捕まるリスクのバランスが合わなくなってきている部分もあるのでしょう。万引きよりも、ひったくりや特殊詐欺、大麻売買などの犯罪に手を染める者が増えているようです。

「来たわね」、万引きGメンの前に表れたバイク少年たち

 無論、認知件数が減っているとはいえ、地域によってはゲーム感覚や換金目的の犯行が頻発しており、その対応に苦心する商店は少なくありません。少年万引きは、共犯によるものが多く、逃げ足も速いため、外国人の集団万引き同様、捕まえにくい実態があるのです。彼らによる犯行の成功率を考えれば、その暗数は計り知れず、相当な被害を生み出しているといえるでしょう。

 巡回前に店内外の状況を把握すると、バイク少年たちのたまり場とされる休憩所は、店舗駐車場の一角にありました。店舗との位置関係を言えば、正面出入口の斜向かいにあって、その内部まで店内から監視できる状況です。

「来たわね」

 午後4時を少し過ぎた頃、入口付近を警戒していると、大きな背もたれのついた2台の派手なバイクが店舗前の駐輪場に入ってくるのが見えました。排気音が店内にまで聞こえてくるほど、ひどくうるさいバイクなので、すぐに気づいたのです。ガラス越しに彼らの動向を注視すれば、ヘルメットをミラーにかけて店の中に入ってきたので、気付かれぬように追尾を開始しました。

 一見したところ、18歳くらいでしょうか。パンチパーマはかけておらず、特攻服を着ているわけでもないので、暴走族というよりはいたずらっ子といった雰囲気です。じゃれあいながら店内を闊歩してカー用品売場で足を止めた2人は、それぞれがひとつずつパトライトを手に取って、何やらひそひそと話し始めました。手元がはっきり見える場所に身を潜めて様子を見守れば、箱から中身を取り出して配線状況などを確認しています。それからまもなく、商品本体だけをお腹に隠した少年たちは、空になった箱を棚に戻して売場を離れていきました。

店長の怒気に圧倒され、今にも泣き出しそうな万引き少年たち

 お揃いの物を盗むのは、少年万引きによくあること。申し合わせていたかのように、同じ手口で同じものを盗んだ2人は、目的を達成したらしく、何ひとつ買うことなく店を出ていきました。声をかけるべく外に出ると、早速に盗品を取り出して駐輪場で取り付け作業を始めたので、万全を期すために電話で店長を呼び出して立ち会ってもらいます。

 声かけは、現認者(犯行を目撃した者)である私がするつもりでいましたが、怒りが積もっていたらしい店長に先を行かれました。その怒気に圧倒されたらしく、すぐに作業の手を止めた2人は、抵抗の素振りを見せることもなく、今にも泣きだしそうな顔で店長を見つめています。重苦しい雰囲気に耐えかね、話を進めるべく少年たちに声をかけると、まだあどけなさの残る表情でこう返されました。

「ねえ、君たち。これを買えるだけのお金は持っているの?」

「いや、2,000円くらいしか持っていないです」

「おれは、3,000円くらいしかないです。ごめんなさい」

 拍子抜けするほど素直に対応してくれたので、被害品を各々の手に持たせて事務所まで連れていこうとすると、ほかの仲間たちがバイクに乗ってやってきました。友人を取り囲む私たちの様子を見て、すべてを察したらしく、声もかけてきません。沈黙の友人に見送られながら、2人を事務所に連れていき、粛々と事後処理を進めます。

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