●万引きと脳の病気の関係性は?
「これは私が出会った会社経営者の話ですが、高学歴で人格上も立派な方が、ある日突然、万引きをして捕まったんですね。親からの遺産や土地、金融資産だけで軽く1億円はある資産家なので、まず万引きする理由が見当たらない。使いもしない、必要もない歯ブラシを大量に万引きして逮捕されたのですが、この件を聞いた時、私はまず“前頭側頭型認知症”という脳の病気を疑いました」(福井氏 以下同)
“前頭側頭型認知症”とは、40代から発症してしまう認知症で、社会全般的には、まだまだ認知されていないという。
「アルツハイマーは、記憶をつかさどる“海馬”が萎縮して働かなくなることで発症し、覚えることができなくなったり、最近起きた出来事を再現できなくなったりします。この“前頭側頭型”はそういう不自由さはまったくなく、前頭葉や側頭葉の前方が萎縮することによって、まず“脱抑制”が表れ、衝動的になります。通常、人の行動には報酬と罰則が伴い、みなそれを瞬時に判断して、刑罰を起こさずに生活しているわけですが、この部分のコントロールが効かなくなってしまう。衝動を抑制できずに、“欲しいから盗む”、“悪いことをしたという罪悪感を感じながらも窃盗を繰り返す”という行為に走ってしまうわけです」
症状は画像検査ですぐにわかるが、通常万引き犯が、すぐに画像検査に至ることはなく、高裁でやっと判決が覆るケースも多いという。
「まずは万引きの調書をとる段階で、警察に“なぜ盗った?”としつこく聞かれるわけですね。“何となく、知らないうちに盗っていた”が事実なのにも関わらず、何度もしつこく聞かれているうちに、“お金はあるけどもったいない、資産を減らしたくないから”“会社の経営がうまくいかない”などという調書が出来上がってしまうこともあるようです。MRIなど脳の萎縮を調べる画像検査は、弁護士から依頼が来てやっと調べることができるので、動機が出来上がった調書が裁判にかけられて実刑判決を受け、その後に画像診断の結果が出て、ようやく高裁で執行猶予がつくケースもあります」
前出の会社経営者は、執行猶予中の再犯で一度は実刑判決を受けたものの、この画像診断によって、ようやく執行猶予がついたという。
「過去にきちんとした診断がつけば、再犯を起こしてもお店側が見逃すことも多いですし、実はこの症状は、申請すれば介護認定が下ります。介護にしっかりと結び付けば、買い物に行くときも誰かが同伴して再犯を防ぐことができますよね。この手の万引きは、スーパーやコンビニで起きることが多い。立派な地位があり、何不自由ない生活を送っている人が、監視カメラがあって、捕まることが想定される場所で犯罪を犯すこと自体が不思議な行為であり、その判断がつけられないわけがない。こういうケースの場合は、まずは画像診断で病理を探すべきだと思います」
それには、何より家族の注意喚起が必要だ。もしも夫が、突然万引きで捕まったら…妻はまず、神経内科か精神科を受診することを勧めよう。
(取材・文/蓮池由美子)