わたしたちの無加工な「独立」の話 #1 蟹ブックス店主・花田菜々子さん

どのように働くかを考えるとき、選択肢の一つとなるフリーランスや起業などの「独立」という働き方。では、実際に独立して働いている人たちは、どのようにその働き方を選び、「働くこと」に向き合っているのでしょうか。さまざまな状況のなかで「独立」という働き方を〈現時点で〉選んでいる人のそれぞれの歩みについてお話を伺っていきます。
第1回目は、自らの経験をもとにした『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)などの著者でもあり、2022年9月から東京・高円寺で書店「蟹ブックス」を営む花田菜々子さんです。

花田菜々子

1979年東京都生まれ。ヴィレッジヴァンガードほか複数の書店を経て、2022年9月、東京・高円寺に「蟹ブックス」をオープン。
著書に『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』(河出書房新社)がある。

11年在籍したヴィレッジヴァンガードを離れるまでの葛藤

――もともと本屋さんで働きたいと思われていたんですか?

いえ、まったく。私が学生の頃は、有名な企業に就職することが良い人生とされている時代でしたけど、何の準備もしていないのにそんなところに入れるはずもなく。大学時代に写真をやっていたけれど、仕事にするほどの熱意もなくて。どうせ何にもなれないなら、30歳までは遊ぼうと思っていたんです。

そんななかで、ヴィレッジヴァンガードのバイトの募集を見つけて、楽しそうだなと思って応募しました。働いている人たちが個性的で、自分にとってはすごく居心地がよかったし、バイトの裁量が大きくて、ものを売ることの楽しさを知りました。「本屋である」ことの面白みは後からついてきたものですが、それが自分にとっての原体験になっていると思います。


花田菜々子さん

――ヴィレヴァンには11年在籍されていたそうですね。

アイデンティティを形成する場所になってしまったので、辞めたいと思っているのに葛藤している時間が長かったですね。この場所以外でやっていけるのか、こんなに面白い仕事ってほかにないんじゃないか、結局ここがまだましなんじゃないか、って。

――ほかの場所でも生きていけるかも、と思えたのは、出会い系サイトで出会った人に本を薦める活動から受けた影響もありましたか?

外の世界の人と話したことで、会社の外でも何らかの価値をつくれるんじゃないかと体感できたし、会社の中だけで流通している考え方にいかにとらわれているかに気づけたことは大きかったです。

あとは、自分以外の人はすごくちゃんと生きてるんじゃないかと思っていたけど、本を薦める活動で会う人って結構適当な人も多くて(笑)。意外とみんなちゃらんぽらんに生きてて、それでも大丈夫なんだと思えたんですよね。

――行動することで確かなものとして実感できることってありますね。

頭の中で考えているだけだと、物事って1ミリも進まないんですよね。自分も含めて多くの人は失敗したら恥をかくと感じると思うんですけど、意外と恥はかかないです。いざ開き直ってやってしまえば、ネガティブな反応があっても「うわー恥ずかしい最悪だ」とはならなくて、「まあそうだよな、じゃあもっと良くするにはどうしたらいいだろう」と、ちゃんと地面を歩いていけるんですよね。

「会社員を続けると思っていた」。独立し蟹ブックスを立ち上げるに至ったわけ

――ヴィレヴァンの後、いくつかの書店で働かれてから、昨年、蟹ブックスを立ち上げられました。

会社員として本屋の店長をしていたときに、戦いや苦労はありつつも、やりたいことをかなり自由にやれていたんです。本屋っていつか独立して自分のお店を持つことが「良きこと」とされがちなんですけど、会社員だったらお金の心配もなく規模が大きなことをできたりもします。

私はお金の計算も苦手だし、会社員として書店員をやっていく方が向いていると思っていました。だから働いていたお店が閉店すると聞いて、そこから「じゃあどうしよう」と。

――では、また別の本屋さんに勤めるという選択肢もありましたか?

その方が順当だと思っていました。ちょうどその頃、いいなと思える書店で店長をやらないかという最高の話も入ってきて。原稿を書く仕事をするうえでも、会社に勤務して、ある程度安定していた方がやりやすいんじゃないかと思っていたんです。でも考えているうちに、自分で本屋をやる方がチャレンジングで大変そうだから、あえて困難な方向に行った方がいいかもと思って。一緒にやろうと思える仲間もいて、お金も溜まっていたので、タイミング的にやらない理由がなかったんです。


蟹ブックスの店内


蟹ブックスの店内


蟹ブックスの店内

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