痩せ信仰を捨て、自由になるには? 本当の意味で“太らない食べ方”を考える


水野雄太さん マインドフルネス講師

〈現代マインドフルネスセンター〉代表。京都大学法学部卒業。神戸大学大学院経営学修士(MBA)。大手企業で管理職を歴任する中で、マインドフルネスを心の支えにして、プレッシャーやストレスを乗り越えた経験などを通じ、組織のメンタルヘルス改善の必要性を痛感。実効性の高い手法としてマインドフルネスを探究し、ブラウン大学にて、同大における日本人初のマインドフルネスストレス低減法(MBSR)講師資格を取得した。現在は、企業研修としてマインドフルネスを指導するほか、世界的禅僧ティク・ナット・ハンの在家コミュニティ、〈バンブーサンガ〉の運営・瞑想会ファシリテーターなども務める。


植田真史さん 医師、マインドフルネス講師

〈現代マインドフルネスセンター〉副代表。九州大学医学部卒業。臨床研修を経て、眼科医として勤務していた際、多忙さとプライベートでのトラブルが原因でうつ病を経験。マインドフルネスによって健康を取り戻したことから、マインドフルネスを広める仕事をしたいと考え、精神科医に転向した。ブラウン大学にて日本の精神科医として初めてMBSRの講師資格を取得し、患者への本格的な瞑想指導を開始。現在は、水野さんとともに、MBSR講座や無料の定期瞑想会などマインドフルネスの普及のため、様々な形で情報発信を行なっている。

※マインドフルネスストレス低減法(MBSR)
慢性的な痛みやストレスを抱える人に向けて、マサチューセッツ医科大学 ジョン・カバット・ジン博士によって開発された8週間のマインドフルネスの集中トレーニング。多数の研究機関により、その効果が科学的に実証され、数多くの研究論文が蓄積している信頼できるプログラムの一つ。現在は、世界中の医療機関、福利厚生機関、教育機関、会社経営の現場をはじめ、幅広いシーンで応用されいる。

我慢するダイエットが成功しないことは科学的に立証されていた

時代とともに技術や流行は変化するけれど、いつの時代も廃ることなく巷に溢れているダイエットコンテンツ。「〇〇ダイエット」が登場してはいつの間にか消え、を繰り返す。それは、「痩せたい」と望む一方、思うような結果を得られない人が多くいて、需要が尽きないことの裏返しだといえる。

ダイエットは多くの場合、食べる量や、糖質、脂質が多いものを減らしたり、何かを“我慢する”ことが多い。しかし、実は我慢するダイエットは続かないだけでなく、心身ともに健康を害するリスクが高いことが各国の研究結果からわかっている。


水野さん

いわゆる我慢するダイエットを『抑制的摂食』といい、体型や体重で自己評価をするといった、外見に関する自己認知が発端となりうる(※1:Spangler, 2002)ことが報告されています。 『抑制的摂食』は、たとえ短期的に体重の減少に成功したとしても、どこかのタイミングで食欲を抑えきれなくなり、体重の増加と減少を繰り返す『体重サイクリング』と言われるパターンを形成し(※2:Hill, 2004)、これは肥満の状態で安定しているよりも、心血管疾患や2型糖尿病のリスクを大幅に高めることが示唆されています。

こう話すのは、企業向けにメンタルヘルス改善のためのマインドフルネス指導などを行う水野雄太さん。水野さんとともにマインドフルネスの普及活動に取り組む精神科医の植田真史さんは、体への悪影響だけはなく、摂食障害の発症にも『抑制的摂食』は関与し(※3:Stice, 1998)、精神面でも様々なリスクが潜んでいることを指摘する。


植田さん

“増える無理に抑える”を繰り返すうちに、『こんな体型をしている自分はダメなんだ』と外見に対する強迫的な考えや、ダイエットの“失敗”に対する罪悪感や恥ずかしさが生まれ、自己評価、自己肯定感の低下につながることがあります。

そんな悪循環の中で、食べること自体がストレスや不安に直結し、食事に対して否定的な感情を持つようになるケースも。また、抑制的摂食は、空腹感といった自分の体の感覚に目を背け、理性で無理に抑え込んでいる状態。結果、内受容感覚(体の中の感覚)が低下し、不調に気づきにくくなってしまうリスクもあります。

体は飢餓状態なのに、食べたいと思わない。はたまた満腹で体は苦しいのに、食べたい衝動を抑えられないといったケースは、身体感覚と心の結びつきが阻害され、心身が乖離してしまった状態。うつ病をはじめ、心の病を抱える方にも心身の乖離は多くみられます。

そもそも食べ過ぎはなぜ起きる?

我慢するダイエットの弊害はわかった。でも、理性で抑えないと、ついつい食べすぎてしまう、そんな場合どうしたらいいのか。そもそも、食べ過ぎてしまうという反応は、生理学的にみると、どういう状態なのだろうか。


水野さん

私達には内外の環境変化に合わせて、シーソーのように心身のバランスを生理学的に調整する『アロスタシス』という仕組みが備わっています。ストレス解消のために甘いものを食べたり、お酒を飲んだりする『感情的摂食』は、まさにアロスタシスの反応で、 “ストレス”という負荷に対して、“食べること”で左右のシーソーのバランスを取っているのです。

適度に美味しいものを食べたり、飲むことでリフレッシュできるなら、いいストレス発散方法。ただ、問題なのは、自分で制御できないくらいストレスや気分の揺らぎが大きい場合だ。


水野さん

シーソーの片側に重い負荷がのるということは、反対側にも重たいものをのせてバランスを取ろうとします。つまり、ストレスが大きければ大きいほど、アロスタシスのバランスを取るために、食べる量が増加し、意志に反して次々と食べ物に手が伸びてしまう。さらにこの状態が慢性化すると、どうにかバランスを取っていたシーソーがたわみはじめ、心身の健康を損なうリスクが高まります。

また、他の動物と比較して、人間ならではの事情がアロスタシスの負荷の増大に拍車をかけていると植田さんは指摘します。


植田さん

ヒトは学校や職場など、社会の繋がりの中で生きていて、たとえ、その環境にストレス要因があったとしても簡単に離れられないことも多いですよね。

また、ヒトは過去に起こったことを何度も反芻して、ストレスを何度も内的に経験する、あるいは、未来のことを予測する能力があるゆえに、起きていないことに対してもストレスを抱えたり…。大脳の発達が皮肉なことにストレスの蓄積に一役買ってしまっているんです。

加えて、ストレスが高まると私達の体は身を守ろうとして、ストレスホルモンと呼ばれる『コルチゾール』を多く分泌します。この結果、脂肪が蓄積しやすくなるだけでなく、『レプチン』という食欲を抑えるホルモンの分泌が減り、『グレリン』という食欲を増進させるホルモンの分泌が増え、総合的に食欲が増進します。

食べ過ぎのもととなるストレスを自身の中で増幅させてしまう私達。さらに悲しいことに、ストレスへの防御反応の結果として、ストレス食べ過ぎ体重増加の悪循環が促進されてしまうというわけだ。

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