「父が救急車で運ばれた!?」亡き父の介護で緊急対応したときのこと【体験談】

「父が救急車で運ばれた!?」亡き父の介護で緊急対応したときのこと【体験談】

2023年に両親が他界するまでの5年間、週末に車で片道1時間半かけて実家に通い両親の介護をしていた私。当時40代後半だった私は、自分も年齢による体力の限界を感じつつ、アルツハイマー型認知症の父と車椅子生活の母の2人を介護していたのでした。今回は、介護サービスを利用する父の生活が軌道に乗り、ひと安心した矢先に父が転倒、救急車で病院に運ばれたときのことをお話しします。

介護サービスを活用して生活リズムを改善

物忘れの多かった当時81歳の父が、要介護支援2の認定が下りたことを機にデイサービス(要介護状態にある高齢者が、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練を日帰りで受けられる施設)に通い始めました。最初は週2回ずつでしたが、週3回、週4回と、通う回数を徐々に増やすことに。すると、それまで昼間ウトウトと椅子で寝て、夜は眠れなくなり睡眠薬に頼るという悪循環だった生活リズムが、昼は活動、夜は睡眠という好ましいものに変化していきました。睡眠薬が不要となり、生活リズムが整うと、父の認知症も進行が止まったかと思えるほどの良い状態に変わっていきました。


それと同時に、訪問ヘルパーの回数も週1回から2回、3回と少しずつ増やし、内容も、掃除だけでなく買い物や夕食作りもお願いするようにしました。父は「父の食事が作れたらたいしたものだ」と母に言わせるほど好き嫌いが多かったのですが、ヘルパーさんは父の苦手な食べ物を除いて、やさしく声掛けしながら夕食作りをしてくれました。また、曜日の感覚がない両親に代わり、ゴミ出しやデイサービスの送り出しもヘルパーさんにお願いするようになりました。


こうして、デイサービスのある日は9時にお迎え、16時に帰宅、17時ごろにヘルパーさんが夕食作りに来るというリズムの良い生活になりました。

父が転倒。そして救急車で運ばれる


父のお出掛けという名の“徘徊(はいかい)”が多くなってきたある日、夜中の1時ごろに「父が転んで救急車で運ばれた。病院で脳の検査をしたようだ。おそらく今は大丈夫」と兄から電話がありました。実家の近所のAさんから兄に電話があったようです。


どうやらAさんが病院に迎えに行ってくれたらしく、今はAさんと私の両親が車で帰宅中とのこと。わけがわからないまま時間は過ぎるばかり。頼みの綱はAさんのみ。しばらくするとAさんから「病院から帰宅し、大丈夫」と兄に連絡が。すでに時刻は深夜2時。兄と「とにかく今日は大丈夫だから寝よう」ということになり、私も明日、Aさんに電話してお礼と状況把握をすることにして寝ました。


翌朝、電話でAさんが「昨夜、お父さんが救急車で運ばれたらしく、お母さんと一緒に車で病院へ迎えに行きました。もう大丈夫です」と……。実家の母に電話をするも、うまく説明できない母に、「私が今週末に帰るね」と伝えて電話を切りました。


私はどうしても平日は実家に通えないのです。学校から帰宅して子どもがひとりになってしまうので、こんなとき近くに住んでいれば駆け付けられるのにとつくづく思いました。

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