タニマチの大物親分の女に手を出し、金を搾り取られた演歌歌手A
営業管理部の皆さんは、回収に入る以上、保全が取れるまで帰宅できません。明確な規則はないのですが、それが掟と言わんばかりに、帰れない雰囲気が醸成されるのです。いま振り返れば、その掟が経理部の私たちに適用されることはなかったことが、長く勤められた要因のように思えます。
「おはようございます」
翌朝、事務所に入ると、生温かく男くさい空気が充満していて、複数の人の気配を感じました。営業部では、伊東部長と小田さんが机に伏せて寝ており、起こさぬよう給湯室に向かいます。
コーヒーを落とし、流しで山になった店屋物の器を洗い終えた私は、掃除機の使用は後回しにして、応接室の拭き掃除から始めることにしました。応接室の扉を開くと、佐藤さんと藤原さんが出入りを塞ぐように座っており、テーブルの向こうには80代と60代に見える2人の見知らぬ男性が項垂れています。
「あら、ここにいらしたのね。おはようございます。お茶をお持ちしましょうか?」
「うん、コーヒーをいれてくれたらうれしいよ」
「お客さまも、コーヒーでよろしいですか?」
「あ、はい……。私なんかに、いいんですか? ありがとうございます」
顔をあげた60代と思しき男性は、何度かテレビで見たことのある人で、あとで歌手のAさんだと知りました。どのような歌を歌っていたかは覚えていませんが、そこそこに有名な演歌歌手の方なので、学生時代に見たことがあったのです。まもなくして社長が出社されたため、すぐにコーヒーをお出しすると、いつの間にか起きていた伊東部長が社長室に入ってきました。
「おはようございます。昨夜、時間が遅かったこともあって取れなかったので、体だけ押さえています。これから電話帳を洗わせて、金を作らせます」
「そうか。よく捕まえたな。どこにいたんだ?」
「自宅にいました。あいつ、タニマチの女に手を出しちゃったそうで、〇×会の親分に3000万円も取られたと話しています。逃げたくても金がなくて動けなかったみたいですね」
結局、携帯電話に入っている電話帳の上から下まで電話をかけろと詰められたAさんは、午前の内に数人の友人から金を借りる約束を取り付けました。
「おやじがガンになっちゃってさ」
「ちょっと交通事故を起こしちゃって、示談金が必要なんだ。ほら、マスコミに出たら、まずいじゃない……」
隣で俯く実父に気を配ることなく、息を吐くようにウソをついて、相手が快諾するたびに喜ぶAさんの姿は見苦しく、そのすべてを週刊誌に暴露してやりたい気持ちに駆られた次第です。
※本記事は事実をもとに再構成しています
(著=るり子、監修=伊東ゆう)
配信: サイゾーウーマン
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